ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
(う~ん。永瀬コーパイのファンというより、彼が操縦する飛行機のファンなのかも)

 恋を知らない琴音は、この感情にどんな名前をつけたらいいのかよくわからない。けれど、正体不明の感情が自分のなかでどんどん膨れあがっていくことは実感していた。

 十一月。

 大型の台風が東京に接近したその日、琴音は初めて推しの名前を呼ぶことになった。

「永瀬……コーパイ?」
「あぁ、俺のこと知っててくれたんだ。なら話は早いな」
「え、いや、あの……」
「乗れよ」

 イギリスの高級自動車メーカーのSUV。カッパーブラウンのボディカラーが洗練された印象を与える。その運転席から顔をのぞかせた黎治は、まるで気心の知れた友人に呼びかけるような口調でそう言った。

(『乗れよ』って、私に言ってるの? あの永瀬コーパイが?)

 現在の時刻は夜八時。

 この天候なので覚悟はしていたが、案の定たっぷりと残業になってしまい身体はヘトヘト。にもかかわらず、電車もバスもダイヤが乱れまくりで帰宅難民になっていたところだ。

 空港からは電車もバスも長蛇の列で当分乗れそうにない。なので、少し歩いて離れた場所にあるバス停でバスを待っていたのだが……いっこうにやってくる気配はない。

 さすがに自宅までは歩けないし、タクシーも通りかからない。

 途方に暮れていたところ、一台の車が琴音の前で停まった。

『君、BBLの整備士だろう? 帰れないのか?』
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