ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
 運転席の窓を開けて、声をかけてくれたのが永瀬黎治、その人だった。帰宅難民になっている琴音に『家まで送ってやる』と申し出てくれたのだが……。

(えっと……コミュ力高い人たちにはこれが普通なの? 『ありがと~、助かる!』とか言って、サラッと乗り込むところ?)

 ほんの少し想像しただけで絶望する。そんなモテ女子みたいな言動、自分にできるはずがない。

「あ、あの、お気持ちだけで十分ですので……」

 黎治は思いきり眉根を寄せる。

「お気持ちだけ受け取っても、バスは来ないぞ。いいから乗れって」
「え、で、ですが……」

 結局彼に強引に押しきられ、琴音は助手席におさまった。

「申し訳ありません。大変、助かりました」
「そんな恐縮しなくていいから。家はどこ?」
「あ、この先の交差点を――」

 琴音の説明を聞いてから、彼はゆっくりと車を発進させた。
 ハンドルを握る大きな手に、思わず見入ってしまう。

「……やっぱり上手」
「え?」

 心の声のつもりが、うっかり口に出てしまって琴音は慌てる。

「あ、ごめんなさい! その、飛行機だけでなく車の運転も上手なんだなと思って」
「ふぅん。俺の操縦を見てくれたことがあるわけか」

 ニヤリと、少し嬉しそうに彼は口元を緩めた。

「はい、何度か」

 実際には、何度か……よりもっとずっと見ているけれど、本人を前にして重めのファン自慢をする勇気はないので黙っておく。
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