ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
 電話の相手はわからないが、結婚式の話題のようだ。『桜さん』という名前も何度か聞こえた。

 彼の口調は淡々としていて、なんだか仕事の業務連絡でもするかのような雰囲気だけれども……きっと照れ隠しってやつなのだろう。

(やっぱり、具体的に話が進んでいるのか)

 ここに来るまでの間に自分の気持ちはしっかり整理をしてきたので、もうショックは受けなかった。

 黎治はイギリスに行く、BBL航空の社長令嬢と結婚するために――。

 その真実を、ただ静かに受け止めるだけだ。

 盗み聞きしていたことがバレないように、琴音は彼の入店から少し間を空けて、ジャズの流れる落ち着いた店内に足を踏み入れた。今、到着したという顔で彼の向かいに座る。

「今日は琴音に話したいことがあって……」

 注文したコーヒーが届くと、彼はそう話を切り出した。気まずさを感じているのだろうか、黎治の表情はやや硬い。

「はい」

 対照的に、琴音の顔は晴れやかだ。不思議なほど、黎治を恨む気持ちは湧いてこない。

『冒険してみたいなら、俺以上の適任者はいないと思うけど?』

 初めてのあの夜、彼はそう言ったのだ。

(冒険はもうおしまい。私はもといた道、これまでどおりの日常に戻ればいいだけ)

 自分のためにも、彼のためにも、それが一番いいのだ。

『いいよ~、琴音ちゃんは無理しなくて!』
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