ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
 ふいに、小学生のとき自分に冷たく当たった彼女、沙里の声が蘇ってきた。

(沙里ちゃん……苦手だったけど、彼女の言うことは正しかったのよね)

 沙里に気に入られようと、飛行機に興味がなくなったふりをするのも、アイドルの顔と名前を覚えるのも……すごく苦しくて向いていなかった。自分の世界でのびのびと過ごすのが琴音には合っている。

(私の道と黎治さんの道、本来なら平行線だったはずなのに……ほんのひとときでも交差した。その幸運に感謝しよう)

 こんな形で終わることになっても、黎治と過ごした時間に悔いはない。彼に出会えて、恋をしたことは琴音の人生の宝物。
 明るくお別れして、彼の幸せを願おう。そう決めていた。

(大丈夫、準備はしてきたもの)

 長い沈黙のあとで、黎治が重い口を開く。

「実はイギリスのエアラインに交換出向という形で行くことになったんだ。拠点が日本から向こうに変更になるだけで、生活に大きな変化があるわけではないが……」
「はい、整備士の間でも話題になっていましたよ。栄転ですよね? おめでとうございます」
「栄転と呼ぶほどかはわからないが、ありがとう」

 それから、琴音は意を決して彼を見つめる。

「黎治さん、実は私もご報告があるんです。時期はまだ調整中なんですが……私、実家のある名古屋に帰ろうと思っていまして」
「え?」
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