ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
 琴音からの報告は想定外だったのだろう。彼は目を丸くした。

「帰るって……整備士の仕事はどうするんだ?」
「やめるつもりです。私の実家、自動車の整備工場をしているんですけど人手不足が深刻で……だから、私もそっちを手伝うことに決めたんです」

 もちろん、すべて嘘。昨日必死に考えたストーリーだ。

 黎治にとって、琴音との関係はただの気まぐれの火遊び。それが真実なのだろうか?

(でも、馬鹿かもしれないけど……)

 彼が見せてくれた優しさ。すべて嘘とは、どうしても思えない。今、目の前にいる彼を、遊び人で最低な男と断罪することはできなかった。

(だって、ちゃんと話そうとしてくれていることがわかるから。なにも告げずにイギリスに行ってしまうこともできたのに)

 黎治はやっぱり、ものすごく悪い男なのかもしれない。

(いっそ、憎んでしまえたほうが楽だもの)

 琴音は軽く目を伏せ、口元だけでふっと笑んだ。

(嫌いになれないどころか……この期に及んでも私はまだ……)

 だからこそ、彼の負担にならない別れ方をしようと考えた。黎治には気持ちよく、イギリスに旅立ってほしいと思う。

 琴音はまっすぐな彼の瞳を見返し、続けた。

「飛行機が大好きですけど、車も嫌いじゃないんです。それに、工場を長く支えてくれていた父の部下の男性がプロポ―ズをしてくれて……それが嬉しかったので」
< 45 / 121 >

この作品をシェア

pagetop