ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
 工場で働く仲間はみな、父と同世代の既婚者だ。かわいがってはもらったが、琴音にプロポーズをしてくれるような人はいない。

(嘘をついて、ごめんさい)

 心のなかで彼に謝罪をしたその瞬間、大きな手がテーブルの上にあった琴音の手首をガッとつかむ。

「君の飛行機への熱意は、そんなものだったのか?」

 黎治の声は悲しそうに沈んでいた。琴音に触れている彼の手がかすかに震える。

「俺は……君を……」

 揺れる瞳から彼の惑いが伝わってきて、琴音の胸を締めつける。

(……黎治さん)

 琴音が想像する以上に、彼は自分を思ってくれているのかもしれない。

 さっきの電話の様子も、喜びがあふれるという雰囲気ではなかった。もしかしたら、望まぬ縁談だったのだろうか? 

(もし今……好きですと告げて、彼の胸に飛び込んだら?)

 ほんの少しは迷ってくれるだろうか。

 それを知りたいという衝動に駆られたが、ふと思い出した舞との会話が琴音を正気に戻す。

『もし仮に……彼が琴音ちゃんに本気だったとしても、永瀬コーパイの立場でこの縁談は断れないと思うわ』

(私とBBLの社長令嬢……黎治さんを幸せにできるのはどっち?)

 一時の感情が人生を間違った方向に導く。よく耳にする、ありふれた失敗談だ。

(黎治さんの隣にふさわしい女性は、きっと私じゃない)

 琴音はスッと席を立ち、彼にほほ笑んでみせた。
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