ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
「あなたとの時間は、とても楽しい冒険でした。素敵な思い出をくださって、ありがとうございます」
「――琴音っ」
「どうか、お幸せに」

 琴音は逃げるように店を出たが、すぐに彼に追いつかれてしまった。

 黎治の大きな手が琴音の手首をつかむ。

「待てよ! 俺の話はまだ終わってない――」
「放してください。このあと、人と約束をしてるんです」

 これは嘘じゃない。うっかり彼にすがりついてしまわないよう、舞と待ち合わせをしていた。彼女が『いっぱい食べて、飲んで、終わった恋は忘れよう』とおいしい店を予約してくれている。

「ほんの少しでいいから」

 その黎治の声にかぶせるように「琴音ちゃん!」という舞の声が届いた。彼女は琴音をかばうように黎治の前に出る。

 彼は困惑した顔で、舞と琴音を順番に見つめた。

「琴音ちゃんと一緒に働く整備士です。部外者が口を出す問題じゃないってわかっていますけど……」

 舞はキッと強い目で黎治を見据える。

「彼女には彼女の人生があります。あなたのエゴで振り回さないであげてください」

 黎治はグッと苦しそうに唇を噛む。だが、なんの言葉も発さなかった。

「行こう、琴音ちゃん」

 舞に肩を抱かれ、琴音は歩き出す。

 燃えるような色をした夕日が街全体を真っ赤に染めあげている。

 琴音の心境とは裏腹に、空は今日も……信じられないほどに美しかった。

「大丈夫?」
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