男性不信のお姫様と女性不信の王子様はカボチャ姫を愛す
カボチャ姫の真っ黒な世界
もうすぐダンスの時間ね。
「ハーーァ」
ーーコンコン、
「エレノアッ!! エレノア!! 大丈夫なのか? 体調が優れないと聞いた。入ってもいいか?」
ーーアレクシス……何故ここに……。
「入らないでください!! 今は横になっていたいので。大丈夫ですから…… ご心配おかけして、ごめんなさい」
「もちろん、横になったままでいいから!! 入れてくれないか?」
ーーとても今は会えないわ。
泣き腫らしてしまっているもの……。
この顔を見ればアレクシスに泣いていたことがバレてしまう。
「ごめんなさい…… 今は気分も優れないですし…… 一人でいたいんです。何かあればエマに来てもらいますから。ご心配なく……」
「…… 心配なんだ……」
「………。」
アレクシス……もう私に気など遣わずにリタ様のもとへ行けばいいのに。
邪魔者はいなくなったのだから二人で仲良くダンスを踊ればいいじゃない!!
「では…… 扉越しでもいいから私の話を聞いて欲しい。私とリタは何もないんだ!! 確かに昔リタは姉のような特別な存在だった。でも今はちがう。リタとは何もないんだっ!!」
「………。」
ーー特別な思いを持っていたというのに……今は何もないって……どういう意味なの?
どうして特別な思いを持っていた相手を急に何もないだなんて言えるのかしら?
仲が良かったのよね……?
それではアレクシスはただの薄情者じゃないのっ!!
それかやっぱり……本当は恋心を持った特別な相手だったから私に嘘をついているということでは……?
ひどいわっ!!
アレクシス……私に嘘までつくだなんて!!
でも、ここで感情的になってはいけない。
私が今アレクシスのことをどう思おうとも隣国の王子であることに変わりないのですから……。
「…… どうしてそんなことを私に話すのです? 私はリタ様に言われたことなど何も気にしておりませんよ。気分が優れなかったから部屋に戻って来ただけですから……」
「…… そうかも知れないが…… リタに言われたことは、ちがうのだとちゃんとエレノアに伝えたかったんだ……」
ご自分が嘘つきで薄情者だということを私にわざわざ伝えに来たということかしらっ!!
「ではお尋ねしますが…… どうして姉のようにお慕いしていて特別に思っていたリタ様を、今は何もないだなんて言えるのですか?」
「それは…… リタと私の間には色々あったからで…… それで…… 私は…… 私は……」
色々あったって、何よっ!?
どうして口籠るのよ!?
やはり私に嘘をついている……何かを隠しているようだわ。
もういいっ!!
もう何も聞きたくないわ!!
「アレクシス王子、私は本当にもう横になって眠りたいので、どうぞ大広間へと戻って下さい!! 王子がいないとハリー国王もキャロライン王妃もご心配なされます。来賓客の方々もアレクシス王子をお待ちでしょう。だからもう行って下さい!!」
「…… エレノア、私はエレノアを……」
「アレクシス、お願いだからもう行ってちょうだい。お願いよ……」
もう何も聞きたくないわ。
これ以上惨めな気持ちにさせないでよ。
「わかったよ…… 何かあればすぐに駆けつけるから……」
これでいいのよ……これで。
もう……この恋は……。
さっきまで美しく色づいていた私の世界が今は真っ黒よ。
もう何も見えなくなってしまった。
すっかり魔法が解けてしまったじゃないの。
⭐︎
ーーウェンスティール国へと帰る日
結局、昨晩は泣き疲れていつの間にか眠っていたようね。
窓から朝日が差し込んできたわ。
私の心は昨日に置き去りにされたままなのに、もう今日は新しい一日なのね。
今日はウェンスティール国へと帰るんだから、嘘の笑顔でも笑って、空元気でもいつも通りの私でいるのよ!!
ハリー国王にもキャロライン王妃にも何も悟られないように……。
そろそろ朝食の時間だし身支度を整えなくては。
もうすぐエマが来る頃かしら。
あっ、エマの足音……?
「ど、ど、どうしてこんな所にいらっしゃるのですか?」
なんか扉の前でエマが誰かと話している声が聞こえたわね……何かしら?
ーーガチャッ、
「どうしたの? エマ…… えっ……」
アッアレクシス……どうしてあなたは私の部屋の扉の前で座っているの……。
「エ、エレノアッ!! 体調は大丈夫なのか?」
「アレクシス王子…… もしかして舞踏会が終わってからずっと扉の前にいらっしゃったのですか?」
「………。」
「こんな所にずっと居て、お風邪を引かれたらどうするのです!!」
「私のことはどうでもいいんだ!! それよりもエレノアは大丈夫なのか?」
アレクシス……あなたって人は……最後まで私の心を揺れ動かすのね。
でも……もういいのよ……。
この真っ黒な私の世界はもう色づくことはないのだから。
「ええ、寝たら元気になりましたよ。私は大丈夫です。ご心配おかけしました。今からエマに身支度を手伝ってもらいますね。アレクシス王子は先に行ってて下さい」
「そうか…… 良かった。あとで二人っきりで話したいのだが……」
「………。」
もう話すことはないわ……何も……。
「エ、エレノア様……」
「あっ、エマごめんなさい。待たせてしまって……それでは支度をして参りますねっ」
「あ、ああ……またあとで。エレノア」
ーーアレクシス……。
「エレノア様っ!! どうされたのです? アレクシス王子、とても悲しそうなお顔をされてましたよ!! それにずっとこんな所に座って…… 。エレノア様をご心配して傍にいたみたいですし……」
「いいのっ!! もうこれで…… アレクシスには特別な方がいたのよ」
「えっ!? そんな…… 何かの間違いでは?」
「間違いではないわ…… アレクシスにも聞いたけど…… でもちゃんと応えてはくれなかったんだもの……」
ーー間違いならあの時どうして何も言ってくれなかったの……どうして……。
「エレノア様……」
「私は大丈夫よ。パッパッと朝食をいただいて一刻も早くウェンスティール国へと帰りましょう!!」
「…… はい」
⭐︎
「エレノアちゃん、今朝のお目覚めはいかがかしら? 昨日は途中で体調が悪くなったって聞いて心配していたのよ」
ーーこのキャロライン王妃との朝のやり取りもこれで最後ね。
「ご心配おかけしました。私はとても元気です!! 舞踏会を途中で抜けてしまい…… 大変申し訳ございませんでした」
「そんなのいいのよ。エレノアちゃんが元気なら!! ウッフフフ、ねぇハリー?」
「ああ、そうだ!! エレノアが元気でなければアレクシスが悲しむだろう。ハッハハハーーなぁジョセフ?」
「そのとおりです!! 元気のない我が妹なんぞ見たくはありませんよ。そうですよね、アレクシス?」
「は、はい、もちろんてす!!」
はーーぁ。
このやり取りも……もう今日で最後ね。
今までは訳が分からないままでも楽しかったのに……今は虚しいわ。
「…… エレノアちゃん、全然食べていないじゃないのっ!! やっぱりまだ具合が……?」
「い、いえいえ、食べます!! 沢山あり過ぎて何を食べようかと悩んでいただけです」
「それなら良かったわ。いっぱい食べてね」
ーー食欲なんて全くないけど……悟られないように無理矢理にでも口に放り込むしかないわね。
「このクロワッサン、とーーっても美味しいです!!」
「エレノアちゃんが美味しそうに食べてくれて良かったわ。ウッフフフ」
私……どうしたのかしら……今、何を食べても味がしない。
皆の話す声も遠くに感じる。
ちゃんと息……出来てるわよね……。
クロワッサンが喉に詰りそうだわ!!
なんだか……とても味気ない。