男性不信のお姫様と女性不信の王子様はカボチャ姫を愛す
王子様はカボチャ姫を愛す
ウェンスティール国に帰って来て一ヶ月が過ぎた。
今日は乗馬日和のいいお天気ね。
アレクシスと一緒に城下町に行った時のことを思い出すわ。
アレクシスに早く会いたい。
早く会って伝えたいわ。
「あーーやっと見つけましたよーー!! 厩舎に居られたのですね……」
エマが息を切らしながら駆け寄る。
ーー何を慌てているのかしら?
「ごめんなさい。ベルを撫でたい気分になってしまって……」
私は心が落ち着かない時はベルを撫でたくなるのよね。
「大変ですよっ!! 先程青い鳥が庭園の方に飛んできたのを見たのです!! あの鳥はエレノア様が私に話してくださったアレクシス王子の鳥では?」
えっ!?
スカイが……どうして……。
もしかして!!
アレクシスが……?
「ど、ど、どこに飛んでいるの!!」
私は空を見上げた。
するとカルテア国で心奪われた美しい美しい青い鳥が誰かを捜しているかのように旋回しながら飛んでいた。
「あれはスカイよっ!! スカイ!! スカイ、こっちよ!! ヒュ〜ゥ」
アレクシスみたいに上手く指笛を吹けないけど、なんとかこっちに飛んできてくれるかしら。
「ヒュ〜ゥ、ヒュ〜ゥ、スカイーー!!」
あっ!!こっちに気づいたようだわ。
スカイが真っ直ぐに私のもとへと飛んでくる。
「フーーゥ。よかったわ…… 無事に肩にとまってくれた。スカイどうしてここに?」
あれっ!?
スカイの脚に紙が巻かれてあるわね……。
何かしら……?
「スカイ、お利口ね…… 大人しくしててね。今とってあげるわ」
文字が書いてある。
こ、これは…… アレクシスからだわっ!!
「エ、エマーー!! アレクシスが来ているわ。スカイミラー湖で待っているって書いてある!!」
「エレノア様、今すぐにベルに乗って行って下さい。早くっ!!」
エマが私を急き立てる。
ーーそうよ、急いで行かないと!!
「ええ行って来るわ!! アレクシスのもとへ」
ーーアレクシス……今行くから。
私はベルの背に跨り手綱を握った。
何故かその手綱を握る手が震えてしまう。
アレクシスは私に会いに来てくれた。
だから私はちゃんとアレクシスに自分の気持ちを伝えるのよ。
私は決意を胸にスカイミラー湖へと向かった。
⭐︎
スカイミラー湖に着いた私の視界に、湖のほとりに立つ大きな一本木のそばで水面を見つめながら佇むアレクシスの姿が映る。
会いたかった……恋しかった……ずっと……。
私はベルから降り、アレクシスのもとへと駆け出した。
心臓が破裂しそうなほどに鼓動が速い。
胸がドキドキして苦しい。
会いに来てくれた……私に……。
「ア、アレクシス……」
私は小さく呼びかけた。
「エレノア!! よかった…… スカイがちゃんとエレノアを見つけられて……」
そう言って優しく微笑んで見せた久しぶりに会うアレクシスは少し頬がこけ目の下にはクマができていた。
ーーお父様の言った通りだった……。
私に会いに来るために前倒しで激務をこなしていたんだわ。
「アレクシス…… 私…… 私…… あなたの話をちゃんと聞かずに帰ってしまって…… ごめんなさい」
もうこの言葉をアレクシスに伝えるだけでも涙が溢れてきて声まで震えてしまう。
「私が悪かったんだ…… あの時エレノアにきちんと話せていたらエレノアを傷つけることもなかったんだ!!」
「ちがうわ!! 私が…… 私が……」
アレクシスの顔を見ていると自分に会いに来てくれた安堵感と自分に会いに来るためにこんなにやつれさせてしまった罪悪感とで涙がポロポロ流れてしまって上手く話せない。
「アレクシス…… 少し落ち着いて話したいから、あなたに背を向けて話していいかしら? 私は今アレクシスの顔を見ていると涙が止まらなくなっちゃって上手く話せないのよ……」
「ああ、いいよ。それでエレノアが落ち着くのなら」
私はアレクシスに背を向けた。
それと同時にアレクシスが話し始めた。
「エレノア、リタとのことをちゃんと話せずにすまなかった。私は幼少の頃からリタを姉のように慕っていた。きっとリタもそうだと思っていた。でもリタは私を弟のように見てはいなかった。リタは私の寝室に無断で侵入し、私を失望させたんだ……」
えっ……それって…まさかっ、、
姉のように慕っていた人がそんな酷いことを……。
「そんなことがあったから、私はリタとはずっと一線を引いていた。だからリタは特別でもなんでもないんだ。姉のように慕っていたリタはもういなくなってしまったから……」
ーーアレクシスは薄情者なんかじゃなかったのに……私はなんて酷いことを思っていたのかしら。
「私は次期国王という立場だから、子供の頃からずっと多くの人々の好奇の眼差しに晒されてきた。特に女性達は私の妃になりたいと、小さな子供のうちから野心を持って私に近づいてきていた。その私を見る目が怖かった。私の周りにいる女性達は誰一人として私を一人の人間として見てはくれない。私はずっと王子として、次期国王としてしか見られない。だから私のことで啀み合い、傷つけ合う。子供の頃からその事実が怖かった。怖くて怖くて仕方なかったんだ……」
「…… アレクシス」
そうだったの……人知れず小さな頃から苦しんでいたのね。
「このままずっとこんな風にしか見られないのかと…… それなら私も物欲しげな顔でしか私を見ない女性達の顔など永遠に見たくはないと強く思ったんだ。そう…… 私はずっと女性不信だったんだよ。エレノア」
えっ……アレクシスが女性不信……。
「ほんとうは…… こんなことで女性不信に陥ってしまうような男だとエレノアには知られたくなかった。自分の心の弱さを隠していたかった。エレノアには情けない男だと思われたくなかったから……。だからあの時、何も言えなかったんだ。一国の王子が次期国王が女性不信だなんて笑い者もいいとこだよ。私の本当の姿は心が弱く、その弱さと向き合うことすら放棄したみっともない男なんだよ。これが真実の私なんだ!!」
ーーそんなことない!!そんなことないわっ!!
「ねぇ、アレクシス聞いてちょうだい。私はアレクシスが好きよ!! 今の話を聞いても私の想いは全く揺るがない。それどころかあなたへの想いは強くなった。私に全てを打ち明けてくれたもの」
ーー弱い自分を見せるのはとても勇気がいることよ。
私もずっとそうだった……。
「アレクシスを情けない男だなんて思わない!! 私の冷たい心を熱くしてくれた格好いい人よ。心だって弱くてもいいの!! 弱い部分があるからこそ人の気持ちだってわかることもあるでしょう? 私も自分が傷つきたくないからアレクシスと向き合わずに逃げてしまったわ…… 私だってそうなのよ!!」
「エレノア……」
「それに……アレクシスをみっともないだなんて思わない!! 私はあなたのどんな姿もどんな弱さも受け止めるから他の誰にも見せられない姿でも私にだけは見せて欲しいの……」
ーーそう見たいのよ。
「私はあなたのことが好きだから全部見たいの!! ありのままのアレクシスを…… 真実の姿を」
ようやく言えた……私の想いを。
ようやく聞けた……アレクシスの想いを。
「エレノア、こっちを向いて。私も伝えたいことがあるんだ」
「 でも…… 今…… 私…… 泣きすぎてて、目も腫れちゃって、鼻も赤くなっちゃって、きっとみっともない姿よ……」
「エレノアが私に言ってくれたように…… 私にも全てを見せて欲しい。ようやく見つけた真実の愛を……この光を… …もうどんなことがあろうとも見失いたくはないんだ!! だからこっちを向いてエレノア。私に光を見せて欲しい」
アレクシス……私は泣き崩した顔のまま恥じらいながらもアレクシスの方へと向いた。
「エ、エ、エ、エレノア……」
アレクシスが目を丸くし驚いたように私の顔を見つめ名前を呼んだ。
やっぱり……とんだ不細工顔に驚かせてしまったようだわ。
久しぶりに会ったというのに…… こんな不細工顔を見せてしまうだなんて。
幻滅しているのかしら?
私に会いに来たことを後悔していないわよね?
「エレノア…… なんて美しいんだ君は……」
「えっ!?」
思いがけないアレクシスの言葉に私は驚き固まってしまった。
でもそんな私のことを気にもせずアレクシスは私の両手を握り私の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「そして…… なんて綺麗な瞳の色なんだ……」
そう言ってアレクシスは私の瞳から溢れ落ちる涙をそっと拭った。
私はどうして今頃自分の瞳の色をそんなに褒められているのかがよく分からなかった。
でもアレクシスにとっては涙で潤んだ瞳がいつもよりかは綺麗に見えていたのかもしれない。
「エレノア、私は君を愛するただの一人の男として、これから先ずっとエレノアと一緒にいたいんだ!!」
アレクシスの淡いエメラルドグリーンの瞳には今私だけが映っている。
私だって……私だって……その瞳に私だけを映していて欲しいと願っているわ。
「アレクシス、私はあなたを王子としてではなく、次期国王としてでもなく、私が心から愛している一人の男性として…… これから先ずっと一緒にいて欲しいわ」
涙声で想いを告げると、アレクシスは私の赤く染まった両頬に手を添え、私の顔をジッと見つめた。
「私のカボチャ姫…… 愛しているよ」
アレクシスがポツリと呟いた。
んっ!?
カボチャ姫……?
私には意味が分からなかった。
アレクシスは何を言っているの……。
私はエレノアよ!!
今カボチャ姫……って言ったわよね?
カボチャ……いったいなんのこと?
どういうことなの?
困惑している私にアレクシスが穏やかな笑顔を浮かべながら言う。
「ずっとそのキョトン、とした顔が見てみたいと思っていたんだよ!! とても可愛い顔だ。エレノア愛しているよ」
それはそれは愛おしそうに私を見つめたアレクシスがギュッと私を抱き寄せて甘い甘い口づけをした。