なかないでいいんだよ
「さぁ?それは分かんないけどさ。スタッフさんに聞いたら前日までは出勤してたのに急に連絡もつかなくなったって。まぁ…音のこと誘ったのは私だしこんなこと言うのもなんだけど、どう考えったって怪し過ぎるもんね、あんな店」

私はメロの連絡先なんて知らない。

知っているのは″源氏名″と年齢。
それから″事情″だけだった。

あの日、あのカフェでさよならした瞬間に
私がお店に通わなければ二人の関係なんて簡単に切れた。

そして私は通わなかった。

学校も就職試験もあったし
何より私はお金持ちのお嬢様でもなんでもない。

メロを救える方法なんて
私は持っていなかった。

あのカフェがどれだけ怪しくったって
メロはそんな理由で辞めたりしないと思う。
それも無断でなんて…。

メロにはあそこで働く理由がちゃんとある。
他にもっと割のいいお仕事が見つかったからって
勝手に消えたりはしないだろう。

放課後、カフェの前に来てみた。

中も覗いてみたけれど
やっぱりメロは来ていなかった。

たった一晩だけの
一万円で繋がった関係性。

それなのに
自分の中の何かが突然奪われて
カラッポになってしまった気がした。

あぁ。
何者でもない、
なんにも持っていない私は
あの夜、メロと悲しみや、やるせなさを共有することで
何かになれた気でいたんだ。
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