なかないでいいんだよ
「俺さ、ちょっと遠くに行こうと思ってるんだ。どこにとか、何をするとかってのはまだ決めてないんだけど」

「どうして?彼女さんはどうするの?」

「結婚するんだ」

「え?彼女さんと?」

「違う。彼女……恋人が。結婚することになったんだ」

「どういうこと…?」

ベンチに座ったメロは
ググッて気持ちよさそうに伸びをした。

孤高の狼が太陽の陽でまどろむ穏やかさを感じた。

話していることと一致しないメロの様子に
愛おしさと寂しさ、悲しみがマーブルになって見えた。

「骨折だかなんだかしてさ。通院してた男性が居たんだ。たまたま病院で俺の恋人を見て一目惚れ。けっこうな資産家の息子でさ。俺らの一つ上で。すぐに恋人の事情を知って、手術費用も何も心配することはない。俺と結婚して全てを委ねてくれって。もう何度かプロポーズもされてたみたいなんだ。恋人は断り続けていたし、もちろん俺も知らなかった。でも容態が思わしくなくて。両親の説得もあって恋人は求婚を了承した。言ってたよ。″あなたと決定的なお別れをしない為よ。この世界のどこかで生きてさえいればきっとまた巡り逢える。その時には二度と愛し合うことが許されない二人になっていたとしても生きてるってだけで私はきっとこの心臓も愛していける。今まで本当にありがとう。ごめんなさい。私の心が愛したのは世界中で生涯、あなただけ。これからはどうかあなたはあなたの為に生きて。生きて、いつかきっとどこかで……″」

「綺麗事です」

頭で考えるよりも口をついて出た言葉を
取り消すことはできない。

美化しようとしている言葉達が
私には許せなかった。

違う。

許すべきなんだ。

許すとか
許さないとか
それすらもおかしいんだ。

生きる為に。
命と天秤にかけて傾くものなんて
この世には無いのかもしれない。
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