なかないでいいんだよ
メロの首筋に沿った襟足が
ふわふわと風に(なび)く。

やわらかそうなその襟足に
いつか触れる権利がほしいと願った。

「メロ」

「ん?」

私を見たメロの瞳が
相変わらず揺れている。

「なかないでいいんだよ」

「にゃ?」

「あはは。ふざけないでよ」

「音」

「もう、なかないでいいんだよ」

「ん」

「きっと。大丈夫になろう」

「ん…」

「メロ」

「…」

「メロ、大丈夫だから」

「…………音」

メロが私の名前を呼ぶ。
頬には涙の筋。

静かに、
静止画みたいな涙を流す。

″狼″の瞳を
月がきれいな夜に
私は何度だって思い出す。





あれから″迷店″は姿を消した。

内部の現状が囁かれ始めた頃に
世間の風向きが強くなる前に
あっという間に消えてしまった。

メロ。

名前も知らないあなたのことを
今日も私はひたすらに想う。

おんなじ世界って言ったって
この世界でたった一人の人間を想うには、
世界はあまりにも広すぎる。

でもね、
綺麗事でもいいの。

空は繋がってるんだって誰かが言い張るのなら
そんな気休めすら支えにして
私はなんとか生きていくよ。

だからメロもどうか。

絶望を繰り返して
心の居場所が分からなくなる夜は
繋いだ手を思い出して。

もう触れることはできなくても
あなたの声が聴こえなくても
私は生きてる。

あなたとおんなじ世界で生きてるから

どうかあなたも
生き抜いて。


「なかないでいいんだよ」   完.
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