🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 3日目が始まった。
 発言の口火を切ったのは、谷和原ではなく豪田だった。
 
「本日が第4回会合の最終日となりました。2日間に渡って多くのご議論をいただき、本当にありがとうございました。厳しい現実と明るい希望の両面を感じる2日間でしたが、厳しい現実を踏まえながら、どうやってその中から明るい希望の光を灯していくのか、私たちは日本漁業の未来につながる提言をまとめていかなければなりません。あと1日、全員で知恵を絞って、未来へのロードマップを創り上げていきましょう」

 着席した豪田に代わって谷和原が立ち上がると、スライドが映し出された。
 
 ・大前提……魚は資源であり保護しない限り絶滅の危険性がある
 ・大原則……これ以上の乱獲は止めなければならない

① 科学的資源調査に基づく魚種別漁獲枠の設定
② 個別割当制度の導入
③ 譲渡可能個別割当制度の早期検討
④ 産卵海域での漁の規制
⑤ 一網打尽漁法の規制
⑥ 海上投棄の規制(魚、漁網、その他一切の物品)

「2日間の議論を踏まえて最終結論へ導きたいと思います。皆様の積極的なご発言をお願いいたします」

 谷和原が言い終わるとすぐに漁業コンサルタントの真守賀が手を上げた。

「ご提示いただいた案に私は大賛成です。これで進めていただければと思います。ただ、一点だけ強調しておきたいことがあります。それは、個別割当制度と海上投棄の規制は一体でなければならないということです。外国において、割当量を守るために余分に獲れた魚を海上投棄している事例が報告されています。これではなんの意味もありません。海上投棄には厳しい罰則を付加すべきです」

 すると会場がざわつき、取出が困惑した表情で口を開いた。

「でも、意図しない魚が獲れてしまった場合、どうすればいいんですか?」

 対して真守賀は冷静に答えた。

「意図しない魚を獲らないようにすればいいのです」

「そうは言っても……」

 そんなことは無理だというふうに取出が首を振ったが、真守賀の顔に動揺は表れなかった。

「外国の事例をご紹介しましょう。海上投棄を法律で禁止した国があります。当然漁師は反対しました。しかし、国の決定なので従うしかありません。そこで漁師は考えました。どうすれば海上投棄をしなくて済むか。私たちも考えましょう」

 そこで間を置いた。
 そして出席者の様子を確認しながら、〈もうおわかりですね〉というように話し始めた。
 
「漁師自らが小さな魚の多い漁場を禁漁にしたり、小さな魚がかからないように網の目を大きくしたりしました。その結果、水産資源は復活し、豊かな漁場が戻ってきたのです。その他にも、ある海域を一定期間禁漁にする、その海域の資源が回復したら別の海域を禁漁にする、そうして順番に禁漁海域を変えて資源の保護と漁業の持続性を両立させる、という取り組みをしたところもあります」

 すると、納得したのか、〈なるほど〉というように取出が大きく頷いた。

「漁師に限らず規制がないと人間はやりたい放題やってしまいます。残念ながら、自己管理は難しいのです」

 思い当たることがあるのか多くの出席者が苦笑いを浮かべたが、「でも心配はいりません。人間には知恵があります。規制を恐れる必要はないのです」と自動車業界を例に出して、「排気ガス規制から多くの技術革新が生まれました。その結果、環境汚染が激減しました。排気ガスによる公害が激減したのです。自動車業界にできて水産業界にできないということはありません。規制が技術革新を促すのです。その技術革新が漁業の生産性を高め、資源保護との両立を可能にするのです」と奮起を促した。
 
 すると、〈やってやろうじゃないか〉というような雰囲気が会場に芽生えた。
 それを好機と捉えたのか谷和原が会場に向かって何度も発言を促したが、誰も手を上げなかった。
 もう議論は尽くされたと多くの人が思っているようだった。
 それでも「最後にどなたか、ございませんか」ともう一度確認するように谷和原が会場を見回すと、今度は手が上がった。
 粋締だった。
 
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