🌊 海の未来 🌊 ~それは魚の未来、そして人類の未来~    【新編集版】
 あっという間に時は過ぎ、待ちに待った記念日がやってきた。
 夫は朝からそわそわしていたが、こっちはそれどころではなく、母と慎重に準備を進めた。
 
「小骨を完全に取り除いてね」

 母が箸先を覗き込んだ。
 その視線を感じながら、目を皿のようにして鯛の身から小さな骨を抜き出す作業を続けた。
 
「大丈夫だと思うけど……」

 すると、〈どれどれ〉というふうに小皿に取り分けた鯛の身を母が確認し始めた。

「まだよ。ほら、これ」

 母が持つ箸の先に小さな小さな骨が見えた。

「あっ、本当だ。こんなに小さな骨が……」

 しかしそれで終わりではなかった。
 母はもう1本小さな骨を抜き出した。
 
「美久、もう一度確認して」

 母の強い口調に押されて目に気合を入れてさっきよりも更に慎重に小骨を探したが、何も見つからなかった。
 でも夫は心配なのか、「念のために僕も確認するよ」と眼鏡を外して鯛の身に目をくっつけるようにして覗き込んだ。
 しかし何もなかったようで、「大丈夫。骨はまったくない」と安どの息を吐いて、「では」と発声した。
 するとみんなが未来に近寄った。
 
「お誕生日おめでとう」

 口々にお祝いの言葉を発したが、ピンクのベビードレスを着てベビーチェアに大人しく座っている未来はキョトンとしていた。
 それはそうだ、まだ自分が祝われていることなどわかるはずがない。
 笑ってくれるものとばかり思っている大人の都合に付き合ってくれるわけはないのだ。
 それでも夫はガッカリしたような様子も見せず、自らの役割に徹して大きな声を出した。

「では、〈めで鯛(・・・)始め〉を始めます」

 生後100日で食べ真似をさせる『お食い始め』と違って本物の鯛の身を食べさせることを説明した夫が視線を投げてきたので、「おいしい鯛を食べさせてあげるからね」と微笑みかけて、小さなスプーンに鯛の身を乗せた。
 そして「あ~ん」と口に持っていくと、未来に顔を寄せた大人たちの口が一斉に開いた。
 でも肝心の未来の口が開いていなかった。
 
「おいしいよ。あ~ん、してごらん」

 唇にスプーンを軽く当てたがまだ開かなかったのでもう一度「あ~ん」と言うと、今度は口を開けてくれた。
 すぐさま鯛の身を舌の上に乗せると、未来は口を閉じてモグモグし始めた。
 
 どうかな? 
 気に入ってくれたかな?
 ゴックンしてくれるかな?
 
 固唾(かたず)を飲んで見守ったが、未来はいつまでもモグモグしていた。

 どうかな?

 しかしなかなか終わらないので心配になって目の前でゴックンの仕草をしてみせると、真似をするようにゴックンしてくれた。

 あっ、飲み込んだ。
 どう? 
 おいしい?
 
 夫と両親が一斉に顔をくっつけた。
 するとほっぺに可愛い手を当てた未来の唇が動き、天使のようなとびきり可愛い声を発した。
 
「ちぃ?」

 海野未来が、笑った。
 

                                         


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