🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 その後、妻と今後の生活のことを話し合った。
 家のローンは払い終わっていたし、教育費が必要な子供もいないから大きな出費はない。
 しかし、年金が満額出るまでにあと1年近くあるので、質素な生活を心がけなければならない。
 
「あなたのクリーニング代は、ほとんどいらなくなるわね」

 背広やワイシャツのクリーニング代は毎月1万円を超えていた。

「そうだね。それと、髪を染めるのもパーマをかけるのも止めるよ。で、美容院をやめて千円カットに行けば毎月6,000円くらいは節約できると思う。それから、コンタクトレンズも止めてメガネにする。あとは……」

 何があるかな、と考えていると、「お小遣い、1万円でいい?」と妻の直球が顔面を直撃した。

「1万円?」

 思わず天を仰いだ。
 再雇用前の小遣いが6万円で、再雇用後は3万円。
 そしてこれからは1万円にしてくれという。
 
「いくらなんでもそれではちょっと……」

 すがるように手を合わせて拝んだが、厳しい代替案が返ってきただけだった。

「65歳になって年金が満額出るようになったら2万円に増額するから、それまで辛抱して」

「え~」

 そんなんだったら我慢して今まで通り働き続けようかと一瞬頭をよぎったが、元部下の顔が浮かんできた途端、跡形もなく消えた。
 それでも素直には従えなかった。
 本やCDが買えなくなるからだ。
 リタイアしても趣味の読書と音楽鑑賞だけは今まで通り続けたかったから、かなりショックなことなのだ。
 しかし妻は妥協することはなく、「ごめんね。でも、図書館やレンタルショップを利用して欲しいの、ねっ」と逆に両手を合わせて拝まれた。
「う~ん」と唸るしかできなかったが、といって前言を(ひるがえ)すこともできず、どうにもならない状態のまま会話を打ち切った。

 それから3日間考えた。
 考えて考えて考え抜いた。
 それでも結論は出なかったが、最後は〈主夫になるしか道はない〉と自分を追い込んで覚悟を決めた。
 
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