🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
「上等な甘鯛を持ってきました」

「何処の?」

「駿河湾です」

「どれも50センチ級だね」

「それに、形がいいでしょう」

 食楽喜楽へ出入りしている仲卸『魚自慢(さかなじまん)』代表の目利(めきき)調太郎(ちょうたろう)が自慢気な表情になった。

「また、あの名人のかい?」

「そうです。活〆(いきじめ)の達人漁師が神経締めにした鮮度抜群の甘鯛です」

「彼は本当に凄いね」

「ええ、最高の漁師です」

 活〆達人漁師の名前は、粋締瞬。
 親の跡を継いだ三代目漁師であり、目利と皿真出が信頼を寄せている凄腕の漁師だった。
 直接会ったことはなかったが、目利から聞いて彼のことはよく知っていた。
 
 粋締は小学生の頃から漁船に乗り、親の跡を継ぐことが当たり前と思っていたが、漁の楽しさと共に厳しさも肌で感じていた。
 年々漁獲量が減っているのを目にしていたからだ。
 その原因は底引き網漁にあった。
 父親は多くの漁師と同様に稚魚や幼魚を乱獲しており、その結果、厳しい経営を余儀なくされていた。
 それを見ていた彼は跡を継ぐや否や漁法を一本釣りや延縄漁に変えた。
 資源保護の必要性を痛切に感じていたからだ。
 ただ、一人だけ漁法を変えても意味がないので、他の漁師にも一本釣りや延縄漁への変更を勧めた。
 乱獲防止無くして漁業の未来はないと訴え続けた。
 しかし、反応は鈍かった。
 目先の利益にこだわる漁師が多いからだ。
 それでも彼は諦めずに訴え続けている。
 そのことを目利から聞いて以来、彼を応援し、彼が獲った魚を仕入れ続けている。
 
 そんなことを思い出していると、「蒸し物、椀物、塩焼き、ムニエル、なんにでも出来ますが」と目利がレシピを口にした。
 もちろん皿真出に異論があるはずはなかった。
「今夜のメニューは、甘鯛で決まりだね」と口にした時には、既にコース仕立てのすべてが頭に浮かんでいた。

< 24 / 111 >

この作品をシェア

pagetop