🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 その1週間後、日本漁業の未来研究会第3回会合が始まった。
 今回は、前2回の出席者に加えて流通系の代表者たちが出席していた。
 
「いつまで魚が輸入できるのか、とても不安に思っています」

 口火を切ったのは海利だった。

「買い負けが常態化しているのです。中国のみならず、ヨーロッパやアメリカにも買い負けています。更に、成長著しい新興国との競争も激化しています」

 それで会場の雰囲気が一気に暗くなったが、もう一つの重要な指摘を躊躇うことはなかった。

「買い負けだけではありません。水産物の自給率が下がり続けています」

 その瞬間、会場が騒めいた。
 日本の水産業が置かれている厳しい現状を真正面から突き付けられたからだ。
 そんな中、黙っていられなくなったのか、出席者の誰かが声を発した。
 
「事務次官、日本の水産物の自給率は何パーセントですか?」

 急に問われた谷和原は焦ったような表情で後ろを振り返って漁業水産省の担当者に資料を要求した。
 しかし、慌てた担当者は手が震えたのか、うまく渡せず資料を床にぶちまけてしまった。
 
「そんなことも頭に入っていないのか?」
「事務次官のくせして何やってんだよ!」

 会場の怒声が大きくなり、騒然としてきたが、谷和原は資料を持ったまま固まっていた。

 それを救ったのが豪田だった。
 
「60パーセントを切っています。残念ながら1964年の半分近くになっています。国内生産量の減少が主な原因です」

 しかし、会場は納得しなかった。
 というより、却って野次を誘発してしまった。
 
「他人事みたいに言うな!」
「そうだ、そうだ!」
「行政は何をやっているんだ!」
「しっかりしろよ!」

 神妙な表情になった豪田が深く頭を下げても怒声は止まらなかったが、それを静めるように海利が手で制すると、一気に会場が落ち着いた。

「行政の責任だけではないと思います。我々にも責任があります。我々流通業者は魚の資源量はもとより各種漁法が及ぼす海への影響などを真剣に考えてきたでしょうか? 頭の中は売上と利益のことだけだったのではありませんか?」

 その途端、ざわざわと騒がしくなり、隣の人と目を合わせる人が増えた。
 しかし海利はそんなことに構うことなく言葉を継いだ。
 
「私は本当に反省しています。会社のことしか考えてこなかった自分を情けなく思っています」

 すると自分事として受け止めたのか、打って変わって静かになり、視線が海利に戻ってきた。それを逃さなかった。

「私たちは分岐点に差し掛かっています。決断の分岐点です。それは未来を決める分岐点と言っても過言ではありません。人類の未来がかかっているのです。もし、水産物の持続可能性が閉ざされることになったら人類に未来はないでしょう。魚がいなくなった世界は人類の滅亡を意味するのです。ですから、もう一刻の猶予もありません。今すぐ行動しなければならないのです」 

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