🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 昼食休憩をはさんで、会議は午後も続いた。

「四方を海に囲まれて世界有数の漁場を有しているのに、水産物の自給率100パーセントが実現できないなんて、絶対おかしいですよね」

 NPO法人代表の大和が口火を切った。

「おかしいですよ。みっともないですよ。世界中の笑いものですよ」

 漁業コンサルタントの真守賀が吐き捨てるように追随した。
 すると、〈またあいつらが〉というように漁業連盟理事長の権家が顔をしかめたが、口を開くことはなかった。
 
「漁獲規制の早期実施しかありません。次年度以降の資源量に悪影響を与えない漁獲量の設定を魚種別に行い、その上で、譲渡可能な個別割当を行うのです。日本でも一部の魚種で漁獲量の設定が行われていますが、ヨーイドンのオリンピック方式のためにすべての漁船の報告を集計したら漁獲枠を超えていたということがしょっちゅうじゃないですか。各漁業者に個別割当をしないと、これからも同じことが続きますよ」

 真守賀が口を閉じると大和が引き継いだ。

「ITQと呼ばれる譲渡可能個別割当の導入が世界の趨勢(すうせい)となっています」

「そんな規制は必要ない!」

 もう辛抱していられないというように権家理事長から濁声が飛んだ。

「海や魚のことは漁師が一番知っているんだ。何度言ったらわかるんだ。外部からとやかく言われる筋合いはない。漁業連盟ではいろんな対策を打っている。だから、そのうち魚の数が増えてくるのは間違いない」

「そうでしょうか?」

 すかさず真守賀が反論した。

「欧米の漁業先進国でも色々な事を行ってきました。しかし、どれもうまくいきませんでした。最新型の漁船や最新の漁具などによる漁獲能力の向上が対策効果を打ち消したのです。だから、漁獲量の上限設定とITQ制度の導入しか道は残されていなかったのです。それ以外の対策では問題は解決しないのです」

 権家が苦虫を噛み潰したような顔で真守賀を睨んだが、口は結ばれたままだった。
 世界の最新情勢に対する反論は持ち合わせていないようだった。
 チャンスと見た真守賀は更に突っ込んだ。
 
「ITQを導入した国の漁師は収入が増えています。日本の漁師よりはるかに高収入です。何故だと思いますか?」

 いきなり振られた権家は少し動揺したようだったが、それでも〈知るか〉というような表情になって真守賀を睨みつけた。
 
「答えは簡単です。漁獲量を規制されたら、より価値のある魚だけに集中するからです。そして、よりおいしい時期、つまり旬の魚だけに集中するからです」

 それを後押しするように粋締が援軍を送った。
 
「大きく育って脂が乗った魚や旬の魚は高く売れます。何故って、おいしいからです。だから、価値の低い、つまり、安く叩かれる小さな魚には目もくれなくなるのです」

 当然でしょう、というような表情を浮かべて椅子に座ると、真守賀が〈ありがとう〉というような視線を送り、更に言葉を継いだ。
 
「適切な規制は水産資源の保護と漁師の収入増の両方に寄与するのです」

 すると、今まで一度も発言しなかった男性が手を上げた。

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