🌊 海の未来 🌊 ~それは魚の未来、そして私たちの未来~ 【新編集版】
「若い頃、アラスカへ何度も行った。あの頃は良かった。中国の輸入業者なんて一人もいなかった。買い負けすることなんて一度もなかった。いくらでも買えた」
部長は、フッ、と笑った。楽しそうな顔だった。
「日本が輸入するサーモンの半分以上がアラスカ産のベニザケだったってこと、知っているか?」
急に振られて焦ったが、よく知らないので首を振った。
「知らないよな、もう25年以上前のことだからな」
遠くを見つめるような目で話を続けた。
「まだノルウェーもチリもサーモンの養殖に手を出していなかった。養殖物がなかったからサーモンを生で食べることもなかった。それに回転寿司の数も多くなかったから、バイイングパワーも存在しなかった」
そしてまた酒を飲み干して、「いい時代だったよ」としみじみとした声を出した。「本当にいい時代だった」
目元にうっすらと赤みがさしていた。
「そのあと養殖ものが輸入できるようになって、サーモンが寿司ネタとして当たり前に食べられるようになった。回転寿司がブームになり、更に需要が拡大した。水産会社同士の競争は激しくなったが、それでも日本企業だけの競争だった。しかし、」
幸せそうな表情が消えた。
「欧米で健康食ブームが起こって水産物の需要が拡大すると同時に中国や新興国の購買力が上がって競争が激しくなった。今度はワールドワイドの競争になった。徐々にサーモンを手に入れることが難しくなっていった。当然のことだが、大手の取引先が希望する数量要求に応えるのが難しくなった。すると、『大日本魚食さんができないというなら他の水産会社に注文を回すから』と厳しいことを言われるようになった」
苦いものを噛んだような表情になった。
「ノルウェーでもチリでも買い負けが続いて、俺は焦っていた。その時思ったんだ。もしかしたらアラスカがいけるかもしれないって」
「それで『アラスカへ飛べ!』って指示を出されたのですね」
部長は大きく頷いた。
「俺がアラスカへ行っていた頃とは状況がまったく違うのを承知の上で、君に指示を出した。一か八か、もしかしたらうまくいくかもしれないと、甘いことを考えていた」
自嘲気味に笑った。
「そんなことあり得ないのに、馬鹿だよな。申し訳なかった」
済まなさそうに頭を下げた。
「いえ、そんなこと、とんでもありません」
どうしていいかわからず、慌てて頭を下げ返した。
「バカな指示出したけど、君の報告書が」
部長が微かに笑った。
しかしすぐに真顔になり、「俺は競争することしか考えていなかった。どうやったらライバルに勝つか、それだけしか頭になかった。勝つか負けるか、それしか考えていなかった」と首を振った。そして、「バカだよな。土俵を変えるなんてまったく思いつかなかった」と頭に手を当てた。
「『薄利多売は大手の水産会社に任せて、我が社は違う道へ行くべきではないでしょうか』という君の提案を読んで、頭をガツンと殴られたような気がしたよ。それに、水産物の保護とか海の生態系とか環境汚染とか、一度も考えたことなかったしな」
ゆらゆらと首を振って、お猪口に手を伸ばした。
しかし口に運ぶことはなく、手に持ったまま沈んだ声を出した。
「ダメだよな。俺みたいな人間がいるから、魚が減り、海の生態系が壊れるんだよな」
目を瞑って、右手をおでこに置いた。
「愛がないんだよ、愛が」
手でおでこを何回も叩いた。
「海の恵みで商売させてもらっているのに、それなのに」
親指と人差し指を目頭に当て、そのまま何度も首を振ってから手を離し、顔を上げて、フッ、と笑った。
「海と魚に感謝の気持ちを持たなきゃな」
部長は、フッ、と笑った。楽しそうな顔だった。
「日本が輸入するサーモンの半分以上がアラスカ産のベニザケだったってこと、知っているか?」
急に振られて焦ったが、よく知らないので首を振った。
「知らないよな、もう25年以上前のことだからな」
遠くを見つめるような目で話を続けた。
「まだノルウェーもチリもサーモンの養殖に手を出していなかった。養殖物がなかったからサーモンを生で食べることもなかった。それに回転寿司の数も多くなかったから、バイイングパワーも存在しなかった」
そしてまた酒を飲み干して、「いい時代だったよ」としみじみとした声を出した。「本当にいい時代だった」
目元にうっすらと赤みがさしていた。
「そのあと養殖ものが輸入できるようになって、サーモンが寿司ネタとして当たり前に食べられるようになった。回転寿司がブームになり、更に需要が拡大した。水産会社同士の競争は激しくなったが、それでも日本企業だけの競争だった。しかし、」
幸せそうな表情が消えた。
「欧米で健康食ブームが起こって水産物の需要が拡大すると同時に中国や新興国の購買力が上がって競争が激しくなった。今度はワールドワイドの競争になった。徐々にサーモンを手に入れることが難しくなっていった。当然のことだが、大手の取引先が希望する数量要求に応えるのが難しくなった。すると、『大日本魚食さんができないというなら他の水産会社に注文を回すから』と厳しいことを言われるようになった」
苦いものを噛んだような表情になった。
「ノルウェーでもチリでも買い負けが続いて、俺は焦っていた。その時思ったんだ。もしかしたらアラスカがいけるかもしれないって」
「それで『アラスカへ飛べ!』って指示を出されたのですね」
部長は大きく頷いた。
「俺がアラスカへ行っていた頃とは状況がまったく違うのを承知の上で、君に指示を出した。一か八か、もしかしたらうまくいくかもしれないと、甘いことを考えていた」
自嘲気味に笑った。
「そんなことあり得ないのに、馬鹿だよな。申し訳なかった」
済まなさそうに頭を下げた。
「いえ、そんなこと、とんでもありません」
どうしていいかわからず、慌てて頭を下げ返した。
「バカな指示出したけど、君の報告書が」
部長が微かに笑った。
しかしすぐに真顔になり、「俺は競争することしか考えていなかった。どうやったらライバルに勝つか、それだけしか頭になかった。勝つか負けるか、それしか考えていなかった」と首を振った。そして、「バカだよな。土俵を変えるなんてまったく思いつかなかった」と頭に手を当てた。
「『薄利多売は大手の水産会社に任せて、我が社は違う道へ行くべきではないでしょうか』という君の提案を読んで、頭をガツンと殴られたような気がしたよ。それに、水産物の保護とか海の生態系とか環境汚染とか、一度も考えたことなかったしな」
ゆらゆらと首を振って、お猪口に手を伸ばした。
しかし口に運ぶことはなく、手に持ったまま沈んだ声を出した。
「ダメだよな。俺みたいな人間がいるから、魚が減り、海の生態系が壊れるんだよな」
目を瞑って、右手をおでこに置いた。
「愛がないんだよ、愛が」
手でおでこを何回も叩いた。
「海の恵みで商売させてもらっているのに、それなのに」
親指と人差し指を目頭に当て、そのまま何度も首を振ってから手を離し、顔を上げて、フッ、と笑った。
「海と魚に感謝の気持ちを持たなきゃな」