🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 その翌日、海利社長から渡された名刺を持って、さかなや恵比寿さんの店舗を訪問した。
 日本で一番住みたい街ナンバーワンに何度も輝いた吉祥寺のバイパス沿いにある大きな建物だった。
 鮮魚店にしては余りにも大きいので目を見張った。
 
 アポイントの時間まで少し間があったので店内を見て回ったが、よく行くGMSや食品スーパーの鮮魚コーナーとはまったく違う売場になっていた。中でも、驚くほどの大きなものに釘付けになった。

「活きがいいでしょう」

 いきなり声をかけられて振り向くと、「差波木です。こんにちは」と挨拶された。

「あっ、初めまして、幸夢です。今日はありがとうございます」

 慌てて頭を下げてから名刺を差し出した。
すると、「素敵な名前ですね」と名刺を見ながら微笑んだ。

「ありがとうございます」

 名前を褒められて緊張が解けたので、改めて尋ねた。

「ところで、この水槽は」

「凄いでしょう。大きいでしょう。いっぱい泳いでいるでしょう」

「はい。鮮魚店の中にある大水槽なんて、初めて見ました」

 本当に驚いたことを伝えると、何度も頷きながら「お客様に生きた魚を見ていただきたくて」と大きく手を広げた。中には何十匹もの魚が泳いでいた。

「水族館以外では生きた魚を見る機会はないですよね。それに、水族館に行く機会がそんなにあるわけではないし」

「そうですね、確かに」

「大人も子供も死んだ魚しか見たことがないんですよ。その上、最近の魚売り場は切り身や刺身の盛り合わせばかりになっているから、魚がどんな形をしているかもわからなくなっているんです」

「本当ですね。言われてみれば、その通りだと思います」

「で、ね、泳いでいる魚を見てもらえば、魚をもっと身近なものに感じてもらえるかなって思ったんですよ」

 頷いて水槽に目を戻そうとすると、小さな女の子が走ってくるのが見えた。

< 48 / 111 >

この作品をシェア

pagetop