🌊 海の未来 🌊 ~それは魚の未来、そして人類の未来~ 【新編集版】
サルマン社長の言葉
🌊 サルマン社長 🌊
極度に緊張していた。
目の前にアラスカ魚愛水産のシュゴーシン・サルマン社長が座っていたからだ。
すでに挨拶は終わり、長期契約の話に移っていた。
その概要を話したあと、海利社長から許可を貰った特別な条件を提示した。
しかし、担当者は身を乗り出したが、サルマン社長は見向きもしなかった。
腕組みをしてこちらの目をじっと見ていた。
「なんとしても御社のサーモンを日本の消費者に届けたいのです」
「何故?」
その重く響く声に威圧されそうになったが、必死になって訴えた。
「はい。持続可能な幸福循環を実現させたいからです」
「持続可能な幸福循環?」
「はい。前回お目にかかった時にサルマン社長がおっしゃった言葉に感激しました。『魚は危機に瀕している。そのすべての原因は乱獲だ。それは、魚を商品としてしか見ない愚か者の仕業だ。嘆かわしい』『魚は商品ではない。魚は資源だ』『水産会社は魚の命を扱う会社なのだから、自然の恵みに感謝して、自然が育む命を尊ばなければならないのだ』とおっしゃったのです」
すると表情が変わり、目元が柔らかくなった。
「覚えているとも。私がいつも言っていることだからね」
そして、〈そうだな〉というふうに隣に座った社員の顔を見た。
すると、〈もちろんです〉というふうに社員が頷いたので、その機を逃さず言葉を継いだ。
「おっしゃる通りだと思いました。海という自然の恵みに感謝して、そこで育った魚の命を尊重した上で、貴重な水産資源として有難くいただく。この気持ちを持たなければだめだと思いました。ですので、漁師は節度を持って漁を行い。流通業者は節度を持って消費者に届けることが大事だと、強く認識したのです」
すると〈ほう〉というような表情になった社長が立ち上がって、机の後ろの壁に飾ってあるパネルを持ってきた。
色々な種類のサーモンの写真が載っている大きなパネルだった。
「最初のサーモンはスペインで産まれたと考えられている。それが、気が遠くなる時を経て大西洋全域に広がっていった。更に、栄養価の高い餌を求めて冷たい海域へ長い旅をするようになった。そこにはオキアミやカラフトシシャモといった栄養価の高い脂肪を持った餌が豊富にいた。その脂肪の中にはEPAなどの不飽和脂肪酸が多く含まれていた。冷たい海での活動を助けてくれる脂肪酸だ。その海域でたっぷり栄養を蓄えたサーモンは母なる川へ帰るために何千キロという旅をする。そして卵を産んで子孫を残したあと、その川で死に絶える。死んだサーモンは動物や魚の餌になり、有機物は川の栄養になる。そんな壮大なドラマが繰り広げられている」
社長は愛おしそうにサーモンの写真を手で撫でた。
「サーモンは大量に卵を産む。その卵が成長して、海へ出ていき、そして母なる川へ帰ってくる。しかしながら、生まれたサーモンの稚魚が無事に川へ帰ってくる確率は余りにも低い。何パーセントか知っているかね?」
首を横に振った。
まったく想像がつかなかった。
「1パーセント以下だ。アザラシやクジラなどの捕食者に食べられたり、病気になったり事故で死んだり、99パーセント以上のサーモンが命を落とす」
社長は悲しげな表情になった。
「その貴重なサーモンを私たちは乱獲していた。海や川から無尽蔵に湧いて出てくるような錯覚をして獲り尽くした。その結果どうなったか」
パネルを裏返した。
そこにはサーモンの遡上を待ちわびる痩せたヒグマの写真があった。
「サーモンは激減した。その結果、サーモンによって命をつないでいた動物にも危機が訪れた」
パネルを元の場所に戻し、別のパネルを手にした。
大きなダムの写真だった。
「乱獲という間違いを犯しただけでなく、人間はダムを造り、サーモンが遡上する川を奪った。産卵の場所が無くなったのだ」
そして、哀しそうな目でダムの写真を虚ろ気に見つめて、「人間は大バカ者だ。自然によって生かされていることを忘れ、母なる自然を痛めつけている。地球の主のような振舞いで好き勝手なことをしているんだ。本当に嘆かわしい」と吐き捨てた。
しかし、パネルを裏返すと表情が一変し、穏やかな目になった。
そこには赤ちゃんを抱いた母親の写真があった。
「母なる海、母なる川が私たちを生み出したのだ。それを忘れてはいけない」
自らに言い聞かすように頷いて、パネルを元の場所に戻してから、同席していた社員に小声で何やら指示を出した。
すると〈承知いたしました〉というように頷いた社員は、すぐに部屋を出て行った。
極度に緊張していた。
目の前にアラスカ魚愛水産のシュゴーシン・サルマン社長が座っていたからだ。
すでに挨拶は終わり、長期契約の話に移っていた。
その概要を話したあと、海利社長から許可を貰った特別な条件を提示した。
しかし、担当者は身を乗り出したが、サルマン社長は見向きもしなかった。
腕組みをしてこちらの目をじっと見ていた。
「なんとしても御社のサーモンを日本の消費者に届けたいのです」
「何故?」
その重く響く声に威圧されそうになったが、必死になって訴えた。
「はい。持続可能な幸福循環を実現させたいからです」
「持続可能な幸福循環?」
「はい。前回お目にかかった時にサルマン社長がおっしゃった言葉に感激しました。『魚は危機に瀕している。そのすべての原因は乱獲だ。それは、魚を商品としてしか見ない愚か者の仕業だ。嘆かわしい』『魚は商品ではない。魚は資源だ』『水産会社は魚の命を扱う会社なのだから、自然の恵みに感謝して、自然が育む命を尊ばなければならないのだ』とおっしゃったのです」
すると表情が変わり、目元が柔らかくなった。
「覚えているとも。私がいつも言っていることだからね」
そして、〈そうだな〉というふうに隣に座った社員の顔を見た。
すると、〈もちろんです〉というふうに社員が頷いたので、その機を逃さず言葉を継いだ。
「おっしゃる通りだと思いました。海という自然の恵みに感謝して、そこで育った魚の命を尊重した上で、貴重な水産資源として有難くいただく。この気持ちを持たなければだめだと思いました。ですので、漁師は節度を持って漁を行い。流通業者は節度を持って消費者に届けることが大事だと、強く認識したのです」
すると〈ほう〉というような表情になった社長が立ち上がって、机の後ろの壁に飾ってあるパネルを持ってきた。
色々な種類のサーモンの写真が載っている大きなパネルだった。
「最初のサーモンはスペインで産まれたと考えられている。それが、気が遠くなる時を経て大西洋全域に広がっていった。更に、栄養価の高い餌を求めて冷たい海域へ長い旅をするようになった。そこにはオキアミやカラフトシシャモといった栄養価の高い脂肪を持った餌が豊富にいた。その脂肪の中にはEPAなどの不飽和脂肪酸が多く含まれていた。冷たい海での活動を助けてくれる脂肪酸だ。その海域でたっぷり栄養を蓄えたサーモンは母なる川へ帰るために何千キロという旅をする。そして卵を産んで子孫を残したあと、その川で死に絶える。死んだサーモンは動物や魚の餌になり、有機物は川の栄養になる。そんな壮大なドラマが繰り広げられている」
社長は愛おしそうにサーモンの写真を手で撫でた。
「サーモンは大量に卵を産む。その卵が成長して、海へ出ていき、そして母なる川へ帰ってくる。しかしながら、生まれたサーモンの稚魚が無事に川へ帰ってくる確率は余りにも低い。何パーセントか知っているかね?」
首を横に振った。
まったく想像がつかなかった。
「1パーセント以下だ。アザラシやクジラなどの捕食者に食べられたり、病気になったり事故で死んだり、99パーセント以上のサーモンが命を落とす」
社長は悲しげな表情になった。
「その貴重なサーモンを私たちは乱獲していた。海や川から無尽蔵に湧いて出てくるような錯覚をして獲り尽くした。その結果どうなったか」
パネルを裏返した。
そこにはサーモンの遡上を待ちわびる痩せたヒグマの写真があった。
「サーモンは激減した。その結果、サーモンによって命をつないでいた動物にも危機が訪れた」
パネルを元の場所に戻し、別のパネルを手にした。
大きなダムの写真だった。
「乱獲という間違いを犯しただけでなく、人間はダムを造り、サーモンが遡上する川を奪った。産卵の場所が無くなったのだ」
そして、哀しそうな目でダムの写真を虚ろ気に見つめて、「人間は大バカ者だ。自然によって生かされていることを忘れ、母なる自然を痛めつけている。地球の主のような振舞いで好き勝手なことをしているんだ。本当に嘆かわしい」と吐き捨てた。
しかし、パネルを裏返すと表情が一変し、穏やかな目になった。
そこには赤ちゃんを抱いた母親の写真があった。
「母なる海、母なる川が私たちを生み出したのだ。それを忘れてはいけない」
自らに言い聞かすように頷いて、パネルを元の場所に戻してから、同席していた社員に小声で何やら指示を出した。
すると〈承知いたしました〉というように頷いた社員は、すぐに部屋を出て行った。