🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
「見せたいものがある」と言って社長が立ち上がった。
 後ろをついていくと、地下のスペースへ案内された。
 そこには大量のサーモンが遡上している写真が数多く展示されており、横には木彫りのサーモンや様々な漁具が置かれていた。
 
 その奥に灯りが落とされた薄暗い部屋があった。
 映写室だった。
 社長とわたしが席に着くと、先ほど同席していた社員がDVDをセットし、再生ボタンを押した。
 
 サーモンの産卵シーンが映し出された。
 メスと、その横に並んだオスが大きな口を開けた瞬間、川が白く濁った。
 命をつなぐ受精シーンだった。
 それが終わると上空から川全体を映す画面に変わり、また川へ近づき、そして川の中へフォーカスされた。
 すると卵膜を破ってサーモンの赤ちゃんが泳ぎ出す姿が映し出された。
『稚魚は川で2,3年過ごして大きくなったあと、河口を目指し始めます。そして、海へと出て行くのです』という字幕と映像に釘付けになった。

 北極圏全体の映像に変わった。
 グリーンランドが見えた。
「この海域で栄養価の高い餌を食べてサーモンは大きくなるのです」というナレーションが流れると、海の中でオキアミやカラフトシシャモに襲いかかるサーモンの姿が映し出された。
 物凄いスピードで捕食していた。
 それが終わると、再度、北極圏上空からの映像になった。
 そして、アラスカの海の映像にゆっくりと変わっていった。
 
 漁船が映し出された。
〈トロール船〉という字幕が出ると、「アラスカでは漁法が制限されています。乱獲につながる漁法や海底を根絶やしにする漁法は認められていません」というナレーションが流れた。
 そして、使用禁止漁具が映し出されたあと、日に焼けた精悍な顔の漁師がクローズアップされ、話し始めた。
 
「私たち漁師とその家族はサーモンのお陰で生活ができています。しかし、少し前まではそんなことを考えたこともありませんでした。漁師が魚を獲るのは当たり前で、獲れるだけ獲ることに夢中になっていたのです。その結果、サーモンは激減し、私たちの暮らしは苦しくなりました」

 カメラが海を映し出し、再び漁師にフォーカスした。
 
「サーモンは海から湧いてくると思っていました。しかし、違っていました。海からは湧いてこないのです。無尽蔵ではないのです」

 厳しい目つきになった瞬間、再度カメラが海を映し出し、漁師の沈痛な声が重なった。
 
「サーモンが獲れなくなってやっと気づきました。私たちは大きな間違いを犯したと。サーモンが減少した原因は私たちの乱獲だったと、やっと気づいたのです」

 再び漁師の顔に戻った。
 
「サーモンは資源であり保護しなければならない、という考えに行き着きました。だから、これまで反対していた漁獲規制を受け入れました。漁獲量を決め、漁期を限定し、漁の時間や場所も制限しました。その結果、この海にサーモンが戻ってきたのです。母なる川にサーモンが戻ってきたのです。なんと嬉しいことでしょう」

 大きく手を広げたあと、神に感謝する仕草をしたが、話はそれで終わりではなかった。
 
「私たち人間はすべての生き物と共存しなければならないのです。地球のすべての生き物はお互いに支え合っているのです。だから、人間だけ栄えるということはあり得ません。共存共栄なのです」

 顔と声が消えると、川を遡上するサーモンの姿が映し出された。
 急流を一目散に上っていたが、突然、ヒグマが現れた。
 巨大なヒグマで、オスに違いなかった。
 何度も獲り損なったあと、やっとのことで捕まえたサーモンをうまそうに頬張り始めた。
 しかし、身には見向きもせず、皮と卵に食らいついていた。
「ヒグマは栄養や脂肪の多い皮の部分や卵が大好物なのです」というナレーションが流れた。

 別のヒグマが映し出された。
 先ほどより小柄なヒグマだ。
 メスのようだった。
 捕まえたサーモンを食べずに川岸の方へくわえていくと、何かが走り寄ってきた。
 子熊だ。
 2頭の小さなヒグマが飛びつかんばかりに母熊に近づいてきた。
 
 母熊がサーモンを地面に置くと、子熊が先を争ってサーモンに噛みついた。
 サーモンはヒグマ親子の命を支えていた。
 
 更に上流へと映像が移って、川底を映し出した。
 サーモンの死骸が大量に横たわっていた。
 川辺近くの水深の浅い場所に横たわるサーモンの死骸を鳥が(ついば)んでいた。
 色々な鳥の命をサーモンが支えていた。
 
 食べ残されて地面に放置されたサーモンを見下ろすように映像が高い視点に変わっていき、グングン上昇して森全体を映し出した。
 
「放置されたサーモンの死骸は土に帰ります。そして、その養分が森を豊かにします。豊かな森は多くの動物の命を支えています」というナレーションが流れ、続いて大きな字幕が現れた。

『命は繋がっています』

 画面に釘付けになった。
 こんな感動的な映像を見たことがなかった。
 映像が消えたあともスクリーンから目が離せなかった。
 
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