🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
「目利さん」

 シェフが厨房に向かって声をかけると、男性がレースのカーテンから顔を覗かせた。
 
「こちら、優美さんのお嬢さん」

「あっ、どうも……」

 男性が会釈をしてテーブルにやって来た。
 
「仲買をしてます目利調太郎です」

 名刺を2枚差し出した。
 
「このギンザケを仕入れてくれたのが彼なんですよ」

 シェフが目利の肩に手を置いた。
 
「最高においしかったです」

 賛辞を送ると、「宮城県の養殖業者が心血注いで育てているギンザケですから」とすぐに笑みが返ってきた。
 
 日本で獲れる天然の鮭は生食には使えないので、ノルウェーやチリからの輸入ものに頼らざるを得ない状況が続いている。
 それに対して日本でも養殖に挑戦する企業が次々と現れたが、うまくいっているとは言えず、その収穫量は年々減少している。
 それでも宮城県の養殖業者は常に技術改良を重ねて味や食感を大幅に向上させるだけでなく養殖環境改善のための投資を積極的に行っており、唯一気を吐いてはいるが、知名度が低く販路開拓が上手くいっていないので経営は綱渡り状態が続いていた。
 そんな時、偶然に目利と出会い、彼と社長が意気投合した結果、販路を一手に引き受ける契約が交わされたのだという。
 
「貴重なギンザケだから有難く大事に調理しないとね」

 シェフの言葉に目利が嬉しそうに頷くと、「目利さんが届けてくれる魚は極上のものばかりですから、愛情を込めて調理しています」と母も頭を下げて謝意を表した。

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