🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 桜が満開になった。
 それに合わせるように母味優(マンマミーユ)が開店した。
 春爛漫(はるらんまん)、新しいことを始めるにはぴったりの季節だった。
 さかなや恵比寿さん吉祥寺店の切り身魚コーナーの横のスペースに10席という、こじんまりとした店構えだったが、優美にとっては念願の店であり、鼓動の高まりを押さえられないでいた。
 もちろん、オーナーとしてではなく雇われ店長という立場ではあったが、母味優のブランド使用料と利益の一部を受け取る契約を結んでいたので、使用人という感覚はなかった。
 
 当面の営業時間は11時~15時に設定することになった。
 但し、仕込みや片づけ等があるので、実労働時間は8時~18時になることが予想された。
 すると、この予測を知った差波木は母の負担が大きいと考え、鮮魚コーナーの女性社員を交代で派遣すると言ってくれた。
 
「女性社員にとっても勉強になりますから」

 それはとてもありがたい配慮だったが、却って優美の緊張は増した。
 夢が叶った喜びよりも責任の重さを強く感じるようになったからだ。
 しかしそれに押しつぶされるわけにはいかなかった。
 胸に秘めた二つの想いを口に出しては何度も確認し、自らを奮い立たせた。
 
「旬の魚を色々な調理法で味わっていただくこと。そして、切り身魚コーナーで買った魚を家で調理する時の参考にしていただくこと」

 大きく深呼吸して、和紙に本日のメニューを書き込んだ。
 そこには〈本日の旬魚《(さわら)》〉とだけ書かれていた。
 但し、塩焼き、味噌漬け焼き、ホイル焼き、から揚げ、味噌煮から好きな調理法を選べるようにしていた。
 
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