🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 すべての準備を終えて出港した船に白い波が当たっては砕けた。

「こんなに波が高くて大丈夫ですか?」

 谷和原は気が気でなかったが、「8月に入って穏やかな日が続いていたのですが、生憎(あいにく)今日は低気圧が近づいてきているので。でも、この程度ならなんの心配もいりませんから」と粋締が笑い飛ばした。

「ところで、今日は何を狙っているのですか?」

 豪田が足を踏ん張りながら粋締の方を向いた。

「カツオです」

「カツオ?」

「そうです。カツオと言えば高知だと思っている人が多いと思いますが、実は静岡が漁獲量全国1位なのです」と胸を張った。

「そうなんですね」

 少し驚いたような表情になった豪田に、「今日は一本釣りで豪快に吊り上げますから」と粋締が右腕に力こぶを作った。

 目指す漁場に近づいてきたのか、船内に緊張が漲り始めた。
 しかし、その空気が読めるわけもなく、「もう駄目です」と谷和原は弱音を吐いて、甲板にヘナヘナと腰を下ろした。
 
「横になって休んでください。大臣は大丈夫ですか?」

 気遣う粋締に向かって頷いた豪田だったが、顔色がいいとは言えなかった。
 それでも気丈な様子で海を見つめていた。
 
 その時だった。「船長、魚群見つけた!」と声が響いた。
 最新式のソナーと魚群探知機がカツオの大きな群れを発見したのだ。
 それは水深40メートルに位置していたが、急激に海面方向へと上昇していた。
 イワシを追い込んでいるのだ。すぐに粋締が指示を出した。
 
「放水開始!」

 海面を泡立たせてイワシがいるように見せかけるのだという。
 豪田が納得して頷いた瞬間、粋締のひと際大きな叫び声が響き渡った。
 
「撒け~」

 声と同時に船員が一斉に生きたイワシを撒くと、カツオが物凄い勢いで食べ始めた。
 海面一帯が無数のカツオで波立った。

「行け~」

 声と共に竿がしなり、疑似餌をつけた針が海に投げ込まれた。
 次の瞬間、しなった竿が引き戻され、カツオが弧を描くように宙を舞った。
 それが衝撃クッションに当たり、甲板に落ちてきた。
 
「わっ!」

 谷和原が悲鳴を上げて両手で頭を覆う中、甲板に落ちたカツオは氷が入った魚艙(ぎょそう)に吸い込まれていった。
 まるで自らの意志でそこに向かって泳いでいるように。
 
「凄い!」

 豪田が感嘆の声を上げると、粋締が更に漁師を煽った。

「行け! 行け! 行け~い!」

 奮い立った漁師たちは間髪容れず竿を投げ、引き戻し、カツオが宙を舞い続けた。
 圧巻の漁がいつまでも続いた。
 
< 70 / 111 >

この作品をシェア

pagetop