🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
プロポーズ
        🌊 海野 🌊 

「一緒にやりませんか」

 豊洲市場に店を構える目利調太郎を訪ねた海野が開口一番切り出した。

「えっ、一緒にって、何をですか?」

 突然の申し出に戸惑ったような表情を浮かべたが、海野は大きく頷いて先を続けた。

「魚を見分ける目利さんの並外れた力と今まで築かれてきたネットワークを弊社の資本力、情報力と合体させれば、日本全国の消費者に脂が乗った旬の天然魚や環境に配慮した美味しい養殖魚をお届けできると思うのです。それに、」

 海野の脳裏に食楽喜楽で初めて会った時の目利の話が蘇った。
 それは、〈宮城県の養殖業者が心血を注いでいる〉という言葉だった。
 漁師や養殖業者の想いを大切にする人は魚を大切にする人であり、海を大切にする人に違いなかった。
 
「大日本魚食は経営の方向性を大きく変えようとしています。単なる水産物取扱業ではなく、海、魚、漁師、水産会社、流通会社、消費者、そのすべてが幸せになれる持続可能な幸福循環に挑戦しようとしているのです」

 すると、目利の表情が変わった。
 
「それです。それなのです。私が求めていたものは」

 探し求めていたキーワードにやっと巡り会えたと顔を綻ばせたが、しかしそれは長く続かなかった。
 すぐに顔を曇らせて、胸に溜まっている不安を吐露するように言葉を継いだ。
 
「海と魚の犠牲の上に成り立っている水産業はいつか滅びます。海と魚を大事にしなければ、海と魚と人類が共存共栄できる方策を探さなければ、水産業が衰退するだけでなく、人類の未来にも大きな影響が出るのです。しかしそのことを声を大にして言っても仲買仲間は聞いてくれません。賛意は示してくれるのですが、『俺たちは魚を仕入れて売るだけだ。それ以上のことはお上に任せておけばいいんだ。俺たちに何ができる? そうだろう?』と言われるのが落ちなのです。なんとかしなければいけないと思いながら、なんにもできない自分に……」

 悔しそうに言葉を飲み込んだ。
 それは、どうしようもない現状をすべて自分の責任に帰しているようで、見ていて居たたまれなくなった。
 海野は一歩近づいて彼の目を見つめた。
 
「目利さん、一緒にやりましょうよ。一人では限界があっても、私たちが手を組めば掛け算となって仲間が広がっていくのではないでしょうか。そうなれば、吸引力が生まれて更に多くの仲間を引き付けることも可能です。今動き出せば大きな流れを作り出すことができるのです。目利さん、やりましょうよ。持続可能な幸福循環の輪を一緒に広げていきましょうよ」

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