🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
 1週間後、その店の引き戸を開けた。仲居さんに案内されて部屋に入ると、差波木は既に席に着いていた。
 招待のお礼を言ってから席に座って部屋を見回すと、落ち着いた和室にシックなテーブルと椅子が調和していた。
 大正ロマンという言葉がふと脳裏に浮かんだ。
 
「無理をお願いして、申し訳ありませんでした」

 彼は背広にネクタイを締めていて、別人のように思えた。
 そんな視線に気づいたのか、「一応、社長ですから」と照れた様子で言い訳をした。
 
 素敵ですよ、と言いかけて、口籠った。
 男性にそんな言葉をかけたことがなかった。
 それだけではなく、その言葉を安易に使うべきではないという心の声が止めたのかもしれなかった。
 
「こんな格式の高そうなお店は初めてです。なにか緊張しちゃって」

 部屋の中をきょろきょろ見回してしまった。
 
「実は、私も初めてなのです」

「えっ、そうなんですか」

「そうなんです。やっぱり緊張しますよね」

 2人で目を合わせて笑った。
 
 場が和む中、飲み物が運ばれてきた。
 シャンパンかと思ったが、違っていた。

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