🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
        🌊 漁業連盟全国総会 🌊 

「チャンスです。漁港活性化案はチャンスです」

 粋締が声を大にして叫んだ。
 彼は駿河湾支部長に就任していた。
 
「港に鮮魚の直売所、寿司屋、和食の店、レストラン、いろんな店が集まれば、各地の漁港は賑わいを取り戻せます」

 すると、〈そうだ、そうだ〉という声があちこちから上がった。

「今、道の駅が賑わっています。各地の特産品や、それを調理した名物料理を目当てに観光客が押し寄せているのです。道の駅があるなら、港の駅があってもいいじゃないですか。やりましょうよ」

 会場から拍手が起こったので権家が会場を見回すと、若い支部長達が拍手や歓声を送っているのに対して古株の理事たちは苦虫を潰したような顔をしていた。
 特に最古参の理事は我慢できないというふうに鼻に皺を寄せ、手を上げるのももどかしいというように口を開いた。
 
「外部の奴らは信用ならねえ。ちょっとでも(すき)を見せたら漁港が乗っ取られる。そうなったらどうする?」

 彼の目はつり上がっていた。

「漁港を乗っ取ったら、次は漁業権だ。間違いなく漁業権を狙ってくる。俺たちの虎の子の漁業権を奪われてもいいのか」

 すると今度は理事たちから大きな拍手が起こった。
 しかしそれは一瞬にして終わった。
 
「なに言ってんだ。そんなこと言ってたらいつまで経っても変わらないだろ」

 語気を強めたのは、理事長特別補佐という立場で出席している権家の長男だった。
 
 その発言に理事たちは動揺したようだった。
〈身内だと思っていたのに何故?〉というような顔をしていた。
 しかし、そんなことに構うことなく長男は毅然と言い放った。
 
「今変えなければ、いつ変えるのか!」

 理事たちに向かって睨みつけるような視線を送った。
 
「若い漁師たちは、どうにもならない閉塞感にウンザリしているんだ。漁業連盟という閉ざされた村社会の中で、希望を見い出せないでいるんだよ」

 そして、頷いている出席者に視線をやってから話を続けた。
 
「若い漁師たちに、この漁港活性化案をどう思うか尋ねた。全員が賛成だった。一人や二人ではないよ。10人以上だ。その全員が大賛成と言ったんだ。何故だかわかるか?」

 会場は静まり返った。
 
「これで何かが変わる、と感じたからだ。外の人間の力を借りれば、今までできなかったことができると」

 そこで理事たちの方に視線を向けた。
 すると表情が変わった。
 そして、彼らにそっぽを向かれないようにするためか、それまでと違って丁寧な言葉遣いになった。
 
「外部の企業を呼び込むことにリスクはあるかも知れません。しかし、新しいことに挑戦しようとすれば、リスクがあるのは当然です」

 若い支部長達が次々に頷いた。
 
「できない理由を言うのは簡単です。身内で固まっていれば楽です。しかし、それではいつまで経っても何も変わりません。だから、できない理由を言うのではなく、外部を排除するのではなく、どうやったらできるか、どうやったらうまくいくか、それを必死になって考えることが大事ではないでしょうか」

 そこで話を切った。
 そして、出席者の心の中に沁み込ますように落ち着いた声で言葉を継いだ。
 
「幸運の女神に後ろ髪はないと言います。つまり、掴むチャンスは通り過ぎる前だけだということです。今、俺たちの前を幸運の女神が通り過ぎようとしています。それなのに、通り過ぎるのをただボーっと見ているのですか? 何もせずにじっとしているのですか?」

 多くの出席者が首を横に振った。
 
「みんなで一緒に幸運の女神の前髪を掴みましょうよ」

 すると誰かが拍手を始めた。
 それが一気に大きな渦となって拍手と歓声が会場を包み込むのに時間はかからなかった。
 それを見て、それまで腕組みをして黙って聞いていた権家が立ち上がった。

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