🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
「多くの貴重なご意見、ご心配やご要望をいただき、ありがとうございました」

 頭を下げて、会場全体に目をやった。
 
「私は漁師の権利を守るために、行政に対して厳しい姿勢で臨んできました。外部からの干渉に対して一切妥協はしませんでした。理事の皆さん方と共に戦ってきたのです」

 古株の理事たちが全員大きく頷いた。
 
「それが漁師のためだと信じていました。私は全国の漁師のために体を張っているんだ、と自分のやっていることを疑ったことはまったくありませんでした」

 理事だけでなく多くの出席者が頷いた。
 
「すべての規制に反対して漁師を守れば生活は豊かになる、そう確信していました。しかし」

 言葉を切った瞬間、会場は静まり返った。
〈次に何を言うか〉に全員が意識を集中しているようだった。

「私が理事長になって14年間……」

 突然、言葉が詰まり、口元が震えた。
 唇を動かそうとしたが、声は出ていかなかった。
 在任中のことが脳裏を過ると無念の塊が胃から逆流してきそうだった。
 しかし話を進めなければならない。
 喉を絞るように声を出した。
 
「私が理事長になって14年間、残念ながら漁獲量は減り続け、漁師の収入も減り続け、漁師の数自体も減ってしまいました」

 それは誰もが知っていることだったが、誰もが目を向けないようにしていることだった。
 
「私は漁業水産省が主催する日本漁業の未来研究会に出席して、色々な分野の人と議論をしてきました。その中で、私の意見に賛同してくれたのは漁師だけでした。それもたった一人でした。それ以外の人は私の意見に批判的でした。いや、真っ向から反対されたという方が正しいと思います。私の意見は……」

 会議で四面楚歌になった姿がふっと浮かんできた。
 
「私の意見は漁業連盟という狭い世界でしか通用しないことを思い知らされました」

 理事たちの不安そうな顔が見えた。
 それが権家を躊躇させたが、理事たちの横に座る長男が頷くのを見て、躊躇いが消えた。
 
「時代は変わりました。『魚は漁師だけのもの、漁港は漁業関係者だけのもの』という考えは、もう捨て去らなければなりません」

 そして、声に力を入れた。
 
「私たちは変わらなければなりません。『魚はみんなのもの、漁港もみんなのもの』なのです。だから、漁業水産省の漁港活性化案に賛意を示すべきと考えます」

 その瞬間、長男が勢いよく立ち上がって拍手をし始めると、次々に出席者が立ち上がり拍手の輪が広がった。
 それを見て最も若い理事が立ち上がった。
 すると、それまで渋い顔をしていた古参の理事たちも立ち上がった。
 全員のスタンディングオベーションが権家を包み込んだ。


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