🌊 海の未来 🌊 ~新編集版~
        🌊 持続可能な幸福循環 🌊 

『日本漁業の未来研究会』第4回が開催された。
 今回のテーマは『持続可能な幸福循環』だった。
 出席者名簿の中に幸夢美久の名前があった。
 提唱者として出席を要請されたのだ。
 
「持続可能な幸福循環のために我々が何をすべきか、何をしなければならないのか、明確な方向性を打ち出す時に来ています」

 豪田大臣が凛とした声で口火を切った。
 
「豊かな海の恵みを今後永続的に保つためにはどうすべきか、海と魚と人間が共存共栄するためには何が必要か」

 豪田は出席者全員の顔を一人一人しっかりと見つめた。
 
「立場の違い、考え方の違いを超えなければなりません。持続可能な幸福循環というキーワードだけに焦点を当てて議論し、結論を導き出さなければなりません。そのためにも、一つになりましょう。一つになれば、どんな困難も乗り越えることができます。海と魚と人間の未来が、私たちの双肩にかかっているのです」

 会場の空気が引き締まったのを見て、谷和原事務次官がこれまでの会合で議論された主要な論点を振り返った。
 
「海の環境をどうやって守っていくか、資源としての魚をどう保護していくか、漁師や水産業にかかわる人たちが希望を持って働ける環境をどう作り上げていくか、この3点に明確な道筋をつけていきたいと考えております。3日間の長丁場になりますが、ご協力のほど、よろしくお願い致します」

 そして全員の視線が前を向いているのを確認するように会場を見回した谷和原が3日間のスケジュールを発表した。
 
「初日のテーマは『資源としての魚をどう保護していくか』です。2日目のテーマは『漁師や水産業にかかわる人たちが希望を持って働ける環境をどう作り上げていくか』です。そして、最終日のテーマは『海の環境をどうやって守っていくか』です」

 そして、谷和原は豪田の隣席に視線をやった。
 
「今回は環境保全庁の源護(みなもとまもる)長官にご出席を賜りました。最終日のテーマだけでなく、漁業の未来を考える時に環境問題抜きの議論はあり得ません。そういった意味で、長年環境行政に携わってこられた源長官のご意見は我々に大きな示唆を与えていただけるものと思っております。それでは、ご発言を賜りたいと思います。源長官、よろしくお願い致します」

 日本人離れした彫りの深い顔が印象的な男性が立ち上がった。

「只今ご紹介に預かりました源です。ご存知の通り、環境保全庁は地球環境の保全という重要な使命を担っている組織です。世界各国と協力して、地球環境をいかに守っていくかということを全職員が日夜考え行動しております」

 そしてクリアファイルから1枚の紙を取り出して、出席者の方に向けて掲げた。
 右肩上がりの折れ線グラフが印刷されていた。
 
「日本は人口減少が進んでいますが、世界全体では急速な人口増加が続いています。いや、人口爆発が起こっていると言っても過言ではありません。世界の人口は80億人に迫り、これは40年前の倍のレベルになっています。このままのペースで増えれば、2050年には100億人に達する可能性があります。約300年前の10倍の人口となるのです」

 グラフを机の上に置き、深刻な表情で訴えた。

「急激な人口増加が環境破壊を引き起こしています。森林を伐採し、河川や海岸を埋め立て、ダムを造ることによって、豊かな自然が世界的規模で破壊されています。化石燃料への依存が高まった結果CO?は増え続け、地球の温暖化が進んでいます。それが多くの災害を引き起こす原因となっています。地球が受けているダメージは深刻です」

 出席者の心に突き刺さるような重く響く声だった。
 会場は静まり返った。
 
「人間が生活できる環境がいつまで続くのか、それは遠い未来の問題ではありません。私たちの子や孫が直面することになる喫緊(きっきん)の課題なのです。地球の持続性が問われていると言っても過言ではありません」

 地球の持続性という言葉が出席者の心に染み渡るのを待つかのように一呼吸おいてから、落ち着いた声で締めくくった。
 
「今回のテーマである〈持続可能な幸福循環〉は環境保全庁が取り組んでいる〈持続可能な地球〉というテーマに完全に合致します。海という環境を守り、魚という資源を守るということは、地球を守ることと同じなのです。それは、我々の子孫を守ることでもあります。しかし、もしそれができなければ、持続可能な未来という扉が開くことはないでしょう。いや、その扉は永遠に閉ざされてしまうのです」

 誰もが言葉を失くしているようだった。
 それは、この会議に出席している己の責任の重さを真正面から受け止めている証であるに違いなかった。
 
< 94 / 111 >

この作品をシェア

pagetop