愛しい魔王様泣かないで!私はここにいます

第1章 魔王様と私-11

 婚礼を広く知らせるセレモニーのようなものはなくて、行き会う人にそのつど紹介されながら、この世界に馴染んでいった。男の人も女の人も、温厚で、私が暮らしやすいように何かと気遣ってくれた。「魔王様、ようやく……」と涙ぐむ人も、一人や二人ではなかった。
 図書館は、部屋から部屋へと歩いてまわるだけでも、一日ではとても足りない。人間の世の本を翻訳したものもたくさんあって、夢中で読んだ。
 庭は、魔王様の宮殿の裏に広がっていて、庭師のおじさんと仲良くなった。彼はもう何百年もの間、この庭の世話をしているという。
「お優しい方ですよ、魔王様は。あなた様も、いずれお分かりになるでしょう」
 思いやりに満ちた声が胸に沁みた。
 そこへ割り込んでくるのが、貫禄たっぷりのボニーおばさん。宮殿の中の使用人さんたちを取り仕切っている人。暖色でまとめた服装がいつも素敵で、よく通る声も気さくで明るい。
「あんたに言われるまでもなく、奥方様はとっくに分かっていらっしゃいますよ」
 ねえ?と聞かれると、いいえとは言えない。優しいのは、うん、分かってる。けれど私はまだ何かを見つけていなくて、一人で眠る夜が続いている。夜、食事の後は彼のそばで本を読み、お茶を飲むけれど、やがて彼は「もう遅い。おやすみ」と告げる。それが寂しくて、私から立ち上がり、「おやすみなさい」と言うこともある。「ああ。また明日」と見送ってくれる彼の声に、胸に飛び込んでいきたい衝動に駆られるけれど、それがなぜなのか……自分の心にいくら聞いてみても、分からない。

< 11 / 40 >

この作品をシェア

pagetop