愛しい魔王様泣かないで!私はここにいます

第1章 魔王様と私-14

「お兄さんは、今は遠くにいらっしゃるの?」
「ええ。遠い、遠いところにおります」
 会えないくらい、遠いところ? それはひょっとして、人の世との境の、時空の歪みの中?それとも……。
「奥方様っ」
「えっ……あ!」
 森の中から、大きな獣が飛び出してきた。真っ黒な毛並み、赤く光る目。鋭い爪、私の胴ほどもある足。虎? 狼? 私を睨みつけ、飛びかかる隙を窺っている。
「あ…あ」
 体が震える。力が抜けて、草の上に座り込んでしまう。駄目、リアスを守らなきゃ。私がお手伝いしたいって、わがままを言って出かけてきたんだもの、そのせいで彼を傷つけてはいけない。
 リアスは私と獣の間に入り、剣を抜いた。
「この方はお前がただ一人付き従う魔王陛下の奥方様だ。爪の先ほども触れることは許されない」
 凛とした声が響く。獣が体を低くした。駄目!
「静まって、お願いっ」
 咄嗟に出てきたのは、向こうが聞くはずもない言葉。長身のリアスを悠々と飛び越えて、私を押し倒し、押さえ込んだ。肩に爪が食い込んでくる。
 魔王様の顔が浮かぶ。嬉しそうな顔。私を抱く時だけ、汗を浮かべて。あの汗を、もう一度見たい。待っていると言ってくれた彼に、私は何ひとつ応えていない。
 今死ぬわけにはいかない――!!

< 14 / 40 >

この作品をシェア

pagetop