愛しい魔王様泣かないで!私はここにいます

第1章 魔王様と私-29


 そこは、広場だった。ここからさらに、十以上の洞穴が伸びている。中はどこも迷路になっているのだろう。それにしても、これはひどい。
「散らかし放題じゃない……」
 壊れた木箱、汚れた靴、手袋、木片、机のようなもの。触れたら崩れそうなくらい劣化した紙も散乱しているし、果物の芯らしきものも……あんまり、触りたくない感じ。
「そんなこと言ってられないわ。お掃除道具、たくさん持ってきたんだから!」
 時間を忘れて、ひたすら掃除をした。広場だけでも、一日では終わらない気がした。
「この奥は、どうなってるのかなあ」
 休憩がてら、一番左側の洞穴を覗いてみた。ペニーが、私の服を咥えて引っ張った。
「え?」
 振り向いた拍子に、指が洞穴の中の尖った岩を掠めた。痛い、と感じるよりも早く、地鳴りがして広場が大きく揺れた。穴の中から黒いものが伸びてきて、手首に巻き付いた。ゾクッと恐怖を覚え、夢中で叫んだ。
「アンジェ様!」
 悲鳴に近いその声が終わるか終わらないかのうちに、彼の腕の中にいた。
「静まれ!」
 彼が一喝すると、揺れがおさまり、黒いものはシュルンと離れていった。静寂が訪れ、その中にかすかに、しょんぼりした空気が漂っている。
「お前は長く眠っていたので知らないだろうが、この女はお前に害をなす者ではない。俺の妻だ。俺に従うのと同様に、ジーナにも従え。いいな」
 広場に響き渡る声に応えるかのように、すべての穴の入口がぼんやりと光った。
「大丈夫か」
「はい……ほんとに、来てくださった」
「当たり前だ。さあ、帰ろうか。我が妻よ」
「はい」
 彼は私を抱きかかえ、そりに乗った。
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