「レモン½で食べよ!」

 「そっちじゃないですよ。入学式まで時間がありません。教室には向かわず、真っすぐ体育館へ行くべきです。こちらへ」

 そう、入学式の日だったのだ。
 私の髪はまだ脱色した金髪ではなくて、黒く、ポニーテールに結っていた。
 化粧だって眉を描いて、まつ毛をビューラーで上げただけで、カラーコンタクトもしておらず、眼鏡をかけていた。

 私は、彼にお礼を言って、その背中について行き、なんとか入学式に間に合ったのだ。
 左腕に、「案内」と書かれた腕章をしていた。
 新入生であるはずなのに、すでに学校側から役目を担っている彼は何者なのだろう、と思いつつ、不安げにしている私を振り返ると、彼は、戸田くんはうっすらと不器用な微笑みを無理に作って見せた。

 「何か困ったことがあったら、いつでも言って下さいね。…そう言うのが仕事なので、僕は」

 控えめな、こわばった笑顔を、可愛らしく感じた。
 私を安心させるために、わざわざ慣れない表情を顔にはりつけたのだとわかった。
 優しい人だと思った。

 真っ黒な目に映っている私の頬が、真っ赤に染まっていた。

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