月に歌う

 パクパクと動かす唇を読むのは、はじめてのことだったけれど、私には彼の伝えたいことがわかった。
 わかりやすく、ゆっくりと、唇を一文字一文字紡ぐたびに指さして、最後に拳を握ると軽くガッツポーズをして見せた。

 『な か な い で 。』

 『が ん ば れ 。』

 たぶん、そんな感じの意味合いだったのだと思う。
 彼は、耳が聞こえないのだ。

 私は、その日から動画配信サイトを観て、手話の練習をするようになった。
 伸ばしっぱなしにしていた前髪を短く切り揃え、下ろしっぱなしにしていた黒髪を結うようにした。
 目が、唇が、表情が見えていないと、彼はきっと、会話がしづらいだろうと思った。

 ダイエットをして、眉毛を整えて、肌の手入れをして、校則に触れない程度の薄いナチュラルなお化粧を覚えた。

 私の書いた、ラブレターは、彼の心に届くだろうか。


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