魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 それだけは強く思った。
 実際問題暮らすためにはお金がいることはわかっている。でも、それを得た上でさらに望むものがあるとすれば……。私は、きっと誰かとささやかな幸せを贈り合いたい。

「ならば、それを最大限に可能にすることを選ぶべきなのだろうな……」

 それがなにか――そこまではディクリド様は言ってくれなかったし、私もそれは自分にしかわからないことなのだ、となんとなく思った。

 ディクリド様の視線がちらりとこちらの手に向き、私は反射的にそれを隠した。
 傷だらけの醜い手だ。手袋を付けようかと思ったこともあるが、なぜだかそういう気にならないのは、もしかしたら自分がやってきたことに、誰かに気付いてもらいたい。そんな欲求がずっと私にはあったのかもしれない。

「そろそろ街に着くな」

 話を切り上げる合図か、彼がそう言うと道の先に大きく拓けた街並みが広がり、私は姿勢を正した。
 今日ここでも、また色々な物事を経験し、この胸の中は大きく揺れるのだろう。その中に、歩むべき道を決定づけるなにかがあるなら、私は早くそれを見出したい――。
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