魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 襟首を掴んだ手をザドに思いきり捩じられ、ソエルは苦痛の呻きと共に身体を離す。
 するとザドは恨めしそうに見上げるソエルを真っ向から見下し、吐き捨てた。

「こう見えても俺はあちこちに顔が広くてね。あんたが兄貴面してられるのもここまでだぜ。首を洗って待ってな。はは……はははははは!」

 そう言い残すと、ザドは高笑いを響かせながら去ってゆき、ソエルはその後ろ姿を氷のような眼差しで見送った。
 その後彼は、邸内のある一室を訪れる。

 ……狭く暗い一室。そこには簡素なベッドと、本棚に収まりきらないほどの魔術、魔導具関連の書籍、そして工具が散らかり傷があちこちについた作業机だけが存在する。

 質素さを通り越してもの悲しさすら漂う、年頃の娘の印象とはかけ離れた油と金属の匂いしかしないこの部屋が、かつてサンジュに与えられた、ただひとつの居場所に他ならなかった。

 ソエルはその部屋の中を見回すと、ひとつだけなくなっているものに思い至る。

(あいつがよく使っていた、鞄はどこだ?)
< 131 / 217 >

この作品をシェア

pagetop