魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 ザドの舌が私の首を離れ、唇を強引に奪おうとする。
 飢えた獣のような息遣いが頬にかかり、血の色をしたそれが嫌がる私の口元に触れる――。

 寸前、その行動は隣からの冷めきった叱声にて押しとどめられた。

「ザド、やめておけ見苦しい。そのような当家から追いやられた下らぬ女を構うな。我々にはファークラーテンの家名を守る義務があるのだ。情を交わすのはふさわしいものとだけにしておけ」
「チッ……わかりましたよ、兄上」

 義憤にかられたということではなくただの嫌悪からだろうが、とにかく兄の制止により、ザドの身体は離れた。しかし……彼はその際に耳元でぼそぼそと呟く。

(……こんなことで俺から逃げられたと思うなよ)

 そうして振り返ると、陰惨な表情を明るく切り替えザドはソエルに笑いかける。
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