魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
「……ディクリド様、失礼いたします」
「フィッツか。入れ」

 そこで几帳面なノックの後、扉が開かれ青髪の貴公子が入り込んでくる。彼はいつも通りの柔らかい微笑みでディクリドを見つめると、無表情の彼の心情を一発で当ててみせた。

「戦のことでお悩みでしたか?」
「よくわかるな。そんなに顔に出ているか?」
「長い付き合いですから」

 どうも答えになっているか微妙なラインの返しで応じると、フィトロはディクリドにとってなによりの朗報をくれる。

「大きく繁盛していましたよ、“辺境伯の御用達”は。念のため、街人たちの使用感を調査してみましたが、聞いた話ではほぼ好評。魔導具の働きのおかげで様々な作業が短縮され、その分が家族の交流や睡眠時間に充てられるようになったようです。いつ見ても店の前には長い列ができていますし、ゆくゆくはファルメルを代表する大商店に育つかもしれません」
「そうか……」

 その報告には、心ならずも口の端が上がる。
 商才があるかどうかは別として、サンジュの作った魔導具には、ハーメルシーズ領の民の生活をよりよいものにしたいという思いが込められている。それを受け入れないほど領民たちは愚かではないはずだ。きっと、あの娘はあの街で人々とよい関係を築いていけるだろう。
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