魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 報告書の内容に目を通し、ディクリドはサンジュをここに連れてきたことが間違いではなかったことを確信した。

 本人からも、生家についての具体的な話は一切聞いていないし、おそらくこれからもサンジュが彼らと関わることはないだろう。なんらかの偶発的な事態が発生しなければ、だが。
 サンジュは自らの過去に勇気をもって立ち向かい、立派に乗り越えてこれからたくさんの人と手を取り合い、幸せになるために動き出した。これ以上、彼らの干渉は無用だ――。

 そう断ずると、ディクリドは手に取った報告書を、卓上のオイルランプから取り出した火種にかざす。

「このことは忘れよう。願わくば運命のいたずらなどが起こらんことを……。余計な家族との接触はこれ以上サンジュには必要ないからな……」
「そうですね。僕もそう、願うばかりです」

 灰になりゆくそれをガラス皿の上に落とすと、ディクリドはしばらく、窓の下で遠い空を見上げた。いくつかの喜ぶべき報せを受けた後でも、どうも気持ちが晴れないのは……近々に迫る戦の予兆のせいか……それとも。

 黒く染まりゆく雲の下では雷雲が鳴り響き、厳しい表情をした彼の横顔を照らし出す。空からは横殴りの強い雨が降り出し、窓を強く叩いた……。
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