魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
「なんだ、飲んだことなかったのか? ま、こういうのもたまにはいいだろ。おめえさんたち若えんだから、何事も挑戦ってやつだ……。んじゃそろそろ俺たちゃ行くぜ、他の奴らも労ってやりてえからな。そうそうサンジュ、俺は酒の奢りの約束だけは忘れねぇから、今度店に押しかけた時にゃ、覚悟しとけよな」
「ほほほ。それじゃおふたりとも、またお会いできる日を楽しみにしてるわ」

 お酒の効果ですっかり肩の力が抜けた私たちに満足そうに笑うと、ドンホリさんは奥さんを引き連れて、別の場所へ移っていった。

「奢りってなによ」
「ふふっ、今はちょっと秘密かな」

 ドンホリさんとの約束を交わしたのはリラフェンが沈んでいた時だったから、彼女はなにも知らないのだ。きっと時がほどよい具合に思い出を熟成させてくれるだろうし、その話はいずれまた違う時にでも。

 ああそれにしても、この場所にこれて本当によかった。

 ここに来るまで、私の人生は私のためのものじゃなかった。それが、ディクリド様との出会いに始まり、ランツ兄妹を始めとしたこの領地の人たちと接することで大きく意味合いを変えた。魔導具を作るという点に関してはやっていることは変わらないにしろ、私は今はっきりと、誰に強制されることもなく自分の意志でこうしているのだと、胸を張れる。
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