魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 だが彼は立ち上がると私の肩を掴み、今まで腰を落ち着けていた椅子に座らせた。そして、まるで気にしていないように外を示す。

「それよりもほら、いい景色だろう?」
「……はい」

 城の上層階から見える夜空の月や星々もさることながら、その下で篝火に照らされ、飲めや歌えやと踊る人々の、なんと幸せそうなことか。

 あんなにも大勢の人々が、今日という日を心から祝い、場を同じくする人々と同じ想いを抱けるなんて……。たとえ未来に不安の種を感じていようと、今この場だけは彼らもそれを押し込め、仲間たちとずっと心に残る思い出を作るべく声を張り上げ、笑うのだ。

「お前も知っていることだろうが、この領地は隣国と接し、常に戦の脅威に晒されている」

 ディクリド様は、わずかに眼差しを険しくすると西方の国境線を睨む。

「ここにいる民にとって平和とは恒久的なものではない。ささやかな油断がそれを覆し、瞬く間に悲劇が訪れることを身を持って知る者も多い。だからこそこうして、できうる限り、今を楽しむのだ……」
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