魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー（ザ・マーグレーヴス・パーベヤー）

　それがほとんど連絡もせずに急に姿を消すとは……おそらく、彼女にとってなんらかの切迫した事態が起こったのだ……。
　そしてそれは恐らく、彼女の家庭の事情に関係している――。

「実家からなんらかの干渉があり、戻らざるを得なくなったのやも知れんな……」
「……申し訳ありません。その後ファークラーテン家に動きはなく、彼女のことを諦めたものと……」
「いや……。サンジュの家族の人品を考慮に入れ、なるべく人に知られぬ道を辿りハーメルシーズに連れてきたつもりだったが、よほどしらみつぶしに国中を探したか……。よもや、やつらにそこまでの執着があろうとはな」

　ディクリドはフィトロを通じて配下の者に調査させ、サンジュの出生と、彼女がどのような環境で育ったかを知っている。元々優秀な腕を持つ魔導具師は王都にも多くはないと聞く。それを惜しみ、連れ戻して骨の髄まで利用しようとしているのだとしたら……。

「……サンジュも自らが嫁ぐことを引き換えに、他家に金銭を要求しようとする動きがあったと言っていましたしね。すぐさま、配下の者を……いえ、僕が直接――」
「……ふざけるな」

　ディクリドの口から漏れた怒りに獣に似た獰猛(どうもう)さを感じ……それが他に向けられていると理解しつつもフィトロは慄いた。その表情も、主に従い戦場に赴くことの多い腹心ですらあまり見ることのない、激高に近いものだ。