魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
「……フィトロ。しばらく城のことを任せていいか」
「王都に向かわれるのですね。お任せください。戦の準備は我々が済ませておきます」

 机を叩き立ち上がるディクリドの背中をフィトロは迷わず押した。
 サンジュはフィトロにとっても、すでに友と言える存在だ。兄妹の絆が断たれようとした時、彼女はなにも言わずにリラフェンに寄り添ってくれていた。そのことがどれだけ救いとなったかは、リラフェン自身から聞いた通りだ。

 そして、主と仰ぐ他ならぬディクリドも、彼女には並々ならぬ想いを抱いている。

「どうか心置きなく彼女の元へ。サンジュは僕にとっても大切な友で、その魔導具の腕も含め、これからのハーメルシーズ領の未来を照らすのに欠かせない人材です。どうかディクリド様、彼女を再びこの地に戻し、平穏な生活を……」
「ああ、必ず」

 いくら戦で勝とうが、政府が辺境領を中央より重視することはあり得ない。そのせいで発展の機会を逃し続けてきたこの領地にとって、サンジュの存在は一条の光だ。

 しかしそれよりも、ディクリドの個人的な感情が彼女を失いたくないと痛切に訴えている。
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