魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
「そうですか……。ほら、立て」

 やや疑問を抱きながらも、血が滲む背中を蹴りつけて、ザドが私を立ちあがらせた。彼が連れる先は、以前私が暮らしていた、あの小さな部屋だ。

 かつてのままの姿を晒す、牢獄のような暗い部屋に蹴り込まれ、私はベッドの上に倒れ込んだ。ザドはそのまま立ち去る気配もなくこちらを見下ろしてきて……私は弱々しく体を起こす。

「なにか言いたいことがありそうだなぁ、妹よ」

 楽しそうな笑みを浮かべるザドに頭を垂れ、私は、痛みで意識がもうろうとしながらも懸命に、言わなければならない言葉を絞り出した。

「お……お願いします。もう私はあなたたちに二度と逆らいません。ですから私たちのお店と、手に入れたお金だけは取り上げないでください。あの場所にあるすべては、大切な人と一緒に手に入れた大事なもので、それだけは彼女たちに残してあげたいのです……」

 私だけの問題ではないのだ。リラフェンがせっかく、いつかフィトロさんと一緒に幸せに暮らすために貯めたお金も、魔導具に将来を感じ、学びたいと申し出てくれたルシルの気持ちも、この先に光の差し始めるはずだったハーメルシーズの発展も、なにもかもを無駄にしたくなくて、私はザドに懇願する。
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