魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 私はやってくるであろう頬の痛みを予測すると、両手を胸の前で身構える。しかし、いつまでたっても顔に衝撃は響いてこない。
 瞑っていた目をそろりと開くと、男の顔は無表情のまま変わらず私を眺めている。そして彼の分厚い手のひらが、私の肩に柔らかく添えられた。

「話せ。お前にあったことを」

 その意味を私が理解するまでにずいぶんかかった。だって、今までそんなことを言ってくれる人は誰もいなかったのだ。私が今、なにを感じているのか――私を人として扱おうとしてくれた人なんて、たったひとりも……。

 そして、彼の瞳にはなんの不快な感情も浮かんでいなかった。今まで私が屋敷に住む人々の間に見て来たあらゆる――憎しみ、嘲り、蔑み、拒絶といった負の感情が。

「う……あ、ぁ。い、いや……」

 言葉にならない感情が胸を満たしてこようとするのに、私は必死に抗おうとする。もう誰かを信じたくなどない。生半可な希望をちらつかせられて、あの時生きることを諦めていればとこの先思うことなんて、きっと耐えられない。
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