魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 ああして明るく振る舞っているが、内心は戦地へ赴いたフィトロさんのことが心配で仕方ないのだろう。ノルシェーリア王国とマルディール王国、両国の戦いの火蓋が切り落とされて早ひと月。未だ防衛線が破られたという話は聞いていないが、それでも不安は日ごと増すばかり。

 有事の出費に備えてか、お店の客足もやや遠のいており、実際にはゆっくり羽を伸ばす時間くらいはあるのだけれど……でもなにかしていないと、嫌な想像ばかりが浮かんで居ても立っても居られない。夜中もどちらからともなく示し合わせて、リラフェンと一緒に眠ることも増えた。悪い夢を見たことも、一度や二度では済まない。

(今もディクリド様たちは戦っているのかな……)

 私は無心になりたくて、階下に降りると雑巾を手に取ってバケツで絞り、テーブルや窓を拭きあげていった。
 そうしていても、ふとした瞬間にここ最近の想い出が自動的に頭に浮かんでくる。
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