魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
「開門せよ!」

 それに呼応し門の両側で巻き上げ機が回り、ジャラジャラと鎖の音をさせて鋼鉄の落とし格子が引き上げられてゆく。するとそう遠くない位置には、何万という敵軍の姿が鎮座しており、ディクリドを圧倒させた。

(いつ見ても恐ろしいものだ……)

 彼は別に戦好きでも、頭がおかしい人間でもなんでもない。頑健な身体に加え、身に宿した魔術で常人以上の身体能力を発揮できても、心は普通の人間だ。逃げられるのならそうしたい。後ろに誰もいなかったならとうに馬首を巡らし、誰も自分を知らない地の果てまで駆け去っていただろう。

 だが、それをするにはディクリドはハーメルシーズを愛し過ぎた。

 すでに家族は居なくとも、今ここにいる共に戦う兵士たち、今も精一杯日々の暮らしを支えている領民たち。それから……新しく出会うことができた、自分を理解し、この領地の未来を共に背負ってくれようとした、ひとりの女性……。

 それらを守り抜くために、ディクリドは今一度、戦場で獣に変わる。味方からは崇められ、敵からは畏怖をもって呼ばれる“不滅の金狼”へと。
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