魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー（ザ・マーグレーヴス・パーベヤー）

　狙うべき相手が目の前をすり抜けていった――向かって左に位置していた相手側右翼部隊は、追うべき衛士団本隊への進路を自軍左翼とフィトロ率いる囮部隊に塞がれて、判断に迷う。その間に、囮部隊の方はどんどん左翼を食い破り、戦力差を縮めてゆく。
　そして敵軍を欺き、完全に戦場の奥深くに侵入した衛士団の本隊は、すかさず反転し敵本隊の裏側から突撃した。

「騎馬兵団に両翼を任せ、このまま裏を突き、本陣を壊滅させる！　ゆけぇっ！」

　ディクリドの命令を兵士たちは忠実に実行し、一方、敵総指揮官も大声を響き渡らせた。

「く……本隊は急速に前後列を入れ替え、敵部隊と応戦せよ！　動揺するな、迅速に後方を向いてやつらの進撃を食い止めるのだ！」

　大軍であればあるほど、軍隊というのは融通が利かなくなる。陣形を保ったまま左右前後の動きを自在に行うのは、先に綿密な打ち合わせがなければかなり難しい。しかも彼らにとって進行方向だった行く手には、囮部隊を追って移動した右翼部隊がまだ半分以上取り残されている。
　部隊の身動きが取りづらく、兵士たちの向いている方向もまばらとなったため、敵総指揮官はまず隊列を整えて混乱を取り除き、ここで交戦することを選んだようだ。

　だが、それもまた茨の道だ。密集した軍隊で前列と後列を入れ替えるのは至難の業。そして大抵前列に最も防御力の高い盾兵などが布陣しており、後列には遠距離からでも攻撃が届くが、守りの弱い弓兵が置かれていることが多い。