魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 娘の瞳に怯えが走ろうとするのを見て取り、ディクリドは間を置かず応えた。

「誰にも知らせていない。俺たちも、お前がどこの誰の娘であるかも知らん。今のところはな。それにもし、何者かがお前を連れ戻しに来たとしても、決してそやつらにお前の身柄を差し出したりはしない。安心しろ」
「そうですか……」

 そう付け加えると、やっと顔のこわばりが緩み、娘は弱々しく口元を笑ませた。

「ありがとうございます……。どうお礼を言ったらいいのか。あの……あなた方のお名前を、聞かせていただけませんか?」

 焦点の合わないグレーの目が宙をふらふらと彷徨う。まだ疲労が回復しておらず、意識が覚束ないのだろう。それが途切れる前にディクリドは自らの名を名乗る。

「ディクリド・ハーメルシーズだ。辺境の地、ハーメルシーズ領を国から預かっている」
「その配下のフィトロ・ランツと申します。どうぞよろしく」
「ディクリド様と、フィトロ様……。私、サンジュと言います。そんな高貴な方々にご迷惑をおかけして……どうお詫びしたらよいか」
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